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18きっぷで帰省3日目 2001/08/07

○朝が早いのも3日目

今日は始発列車には乗らないが、それでも6時台前半の電車。それに乗るべく500起床。さすがに早起き3日目となるとつらい。出発の準備やらなにやらで、あっという間に出発予定時刻になる。出発。多分一番早いチェックアウトだと思う。新潟駅で3日目の改札を入れてもらう。8.-8新潟駅のスタンプが捺される。東日本エリア標準の改札印。611発の長岡行きはすでにホームにいた。数人が発車を待つ。もちろん寝て過ごし、725長岡着。40分の時間があるので、朝食を考える。コンビニも結構飽きるので、早朝から営業している駅そばにしてみた。駅員の人が食べているのを見ると、まぁ、そこそこと見える。冷たいのに限ると思っていたのだが、朝は温かいのしかやっていないご様子。まぁ、仕方ないとおもって食券を購入する。結構うまかった。というか、この夏休みで一番うまい駅そばだった。意外なところで当たりくじ。

長岡809発。途中で海水浴に出かける女子高生が乗ってきた。かなりはしゃいでいる様子で、車内で浮き輪を膨らめ始める。まぁ、乗客少ないし、特段迷惑というわけでもないからいいか。ナントカというえきで降りていった。海岸には海水浴に来ている人たちがたくさんいた。結構寒そうだと思うのだが。海水浴はあまり好きじゃない。

直江津では、9分の乗り換え。よって駅前に出ることはせずにそのまま乗り換える。すでにボックスが家族連れなどで埋まっていたので、車端のロングシートへ。デットデクションを通過し、まもなく糸魚川。直前で郵便局の位置を確認する。到着後すぐに郵便局へ走る。20分の乗り換え時間だとあまり悠長なことは出来ない。駅前局だとおもったら、実は糸魚川の本局だという。糸魚川郵便局のゴム印には、「フォッサマグナ」の文字が。厳密に言うと、フォッサマグナの西端である、静岡−糸魚川構造線の直上が糸魚川市にあたる。むかし、断層を見に立ち寄ったこともあるので、存在くらいは知っていた。貯金が終わり、大きな荷物を抱えて走っていくと、通帳だけを携えた登山風のいでたちのおばちゃんが郵便局の方へ走っていった。あきらかに同業者。連れの人に荷物を預けての行動だと思うが、身軽でうらやましい。

 大糸線の終点、糸魚川。ここから南下したのであります。駅舎がJR西チックでまたよろしい。

○大糸線の旅の人

大糸線に乗車。意外なくらい、というか、信じられないくらい混んでいた。道のり長いので相席を確保。向かい側の兄ちゃんは駅弁を食べている。隣もどこかの大学の鉄研風の2人連れで埋まり、ウチらのボックスは一杯になった。出発すると間もなく車内改札。このクルマもワンマン仕様であるが、今日は車掌乗務。僕の18きっぷの常備券をみて、隣の鉄研風の2人がちらちらと話をしているのが分かる。まもなく、向かいの兄ちゃんが声をかけてきた。高月駅ってどこ?とのことだ。常備券に関して訊いてきたのかと思ったら、どうも鉄な人ではなく、純粋にどこから来たのかを訊きたかったらしい。

気動車はたくさんの乗客を乗せて、うなりをあげて坂を登っていく。

兄ちゃんは、トラックの運転手をやっているらしく、いろんなところに移り住んでいるらしい。ウチの実家の近所に住んでいたこともあるとのこと。長く暇を見つけては、旅行や山登りをしているとのことだ。今日はこれから、中央線で京都へ出て、ムーンライト松山で四国入りするということ。大糸線沿線も、1997年だかの集中豪雨でかなりの被害を出し、周囲の景色ががらりと変わってしまった。大糸線で通るのはもちろん初めてだが、併走するR148で通ったことはある。そのR148もかなりいい道になったが。災害復旧工事によりコンクリートで流路づけられた姫川は、確かに周囲の景色に溶けこんでいない。兄ちゃんもそのことで嘆いていた。これが災害を防ぐためであるのなら、まぁ、仕方のないことで、よそ者のウチらがとやかく言う筋合いはないのだが、地元の人たちはどう思っているのか気になるところだ。

南小谷まであと数駅というところで、ホームに人だかりが。登山を終えて帰る人たちが待っていたのである。そもそもたくさんの乗客を乗せていた気動車は、登山の荷物もくわわって満員状態になった。こうなると、南小谷からボックスを確保するのは結構難しそうだ。車両のドアは前後にしかついていない。ウチらが座っているのはちょうど車両の中央。

○長野県は何となくイイ

南小谷に到着すると一気に向かい側の連絡電車に人があつまった。ここからは電化もされている。まだ新しいE127系である。一応車両全部から後部に向かって歩いてみたが、ボックスは1両に2つしかなく、これでは仕方のないことと思う。さっきまで隣に座っていた鉄研風の2人組は、ちゃっかりボックスを確保していた。さっきの兄ちゃんと出発を待つ。2両編成で、さすがに座席には若干余裕がある。この列車もワンマン対応であるが、車掌が乗務していた。

特急あずさ 白馬駅に停車中の、あずさ旧塗色車。

北アルプスには若干雲が掛かっていたような気がするが、長野県らしい景色を見ることができる。とはいえ、山の中腹にはスキー場がたくさんある。白馬。夏の白馬は涼しいかもしれないが、これといったものもないため、ここを目的地として訪れるには、イマイチ魅力が欠ける。やはり夏は山に登れということか。そのうち、仁科三湖が見えてきて、この湖の名前は?ということになる。名前は知っているが、どれがどの湖に当てはまるかは知らない。2月にスキーに来たのもここだ。釣り船が何艘かぷかぷかしていた。

お腹がすいてきたころ、信濃大町に到着。19分停車。駅前に郵便局もあることだが、イマイチめんどくさくてやめておいた。大町ならいつか来る機会もありそうだし。たばこが吸いたいとおっしゃる兄ちゃんは、ホームでぷかぷかしていた。僕もホームに降りたってみるが、特にこれということがない。

○半自動扱いはどうあるべきか

車内の冷暖房効果を上げるため、乗降客の少ない路線や、長時間停車の駅では、乗客が自分で扉を開け閉めする半自動扱いということをする。211系なんかは、車両の中央の扉だけをあけるという、「選択開」という方式もあるがここでは置いておく。

E127系も、ローカル線仕様なので、半自動扱いの装置が取り付けてあり、信濃大町の長時間停車で半自動扱いとなった。かつての半自動は、扉のロックだけが解除されるような仕組みで、乗客が取っ手に手をかけて扉を開けたり閉めたりしていたが、最近の(特にワンマン仕様の列車)は、ボタンが取り付けてあり、そのボタンを乗客が押すことによって自動で開閉がなされる。このボタン、車内には開閉両方のボタンがあるのに対し、車外には開のボタンのみがあるのが普通。電車の中に入ってきたときは、なるべく閉のボタンにより、扉を閉めるようにしたい。そのための閉ボタンだから。問題は、車外に出たときにどうするかである。車外には閉のボタンがないから、そのまま立ち去っても仕方がないが、車内に残った人はやはり不快である。慣れた人だと、車外に出る瞬間に車内の閉ボタンを押して扉を閉めていく。ちなみに僕もそうするように心がけてはいるが、人が扉に挟まれないようにするための光センサが取り付けてあるため、タイミングが早いと扉がうまく閉まらない。また、扉が開く動作中だと、閉まるボタンを押しても効かないこともある。

その点で、開いた扉は誰が閉めるのかというコンセンサスづくりが必要な気がする。たとえば、エレベーターは操作盤の一番近くの人が、開閉ボタンを操作することが定着しているように。今回も開けっ放しのことが何度かあり、停車中なんどか係員が巡回して扉を閉めていた。

○松本へ疾走

そのうち、発車時刻になり、再び出発。大町以南は次第に松本盆地となり、周囲が開けてくる。車内もかなりにぎやかになり、その勢いでそのまま松本へ到着。名古屋できしめんが食べたいという兄ちゃんだったので、駅の立ちぐいでいいんじゃない?と教え、兄ちゃんと「よい旅行を〜」といって別れる。松本着1409。

微妙に時間があるが、松本の駅周辺の郵便局はすでに訪問済みであるため、ホームでおとなしく電車を待つ。入ってきたのは115系。長野色がきれいだ。松本−長野間の旅客輸送は高速バスに比べ、JRが運賃時間ともに勝っているので、かなりの乗車率だ。まぁ、乗り心地が悪いって言えば悪いし、乗り慣れてるっていえばそれまで。そういえば、長野に行くのはしばらくバスが多かったから、長野行きの篠ノ井線に乗るのは本当に久しぶりだ。国鉄三景(日本3大車窓?)の一つ、姨捨からの眺めはきれいだったが、少し霞んでいた。スイッチバックの姨捨でとろとろしながら、北陸新幹線が合流して長野に到着。

○長野県知事田中康夫

長野市も市街地の空洞化が目立ち、いろいろ苦慮しているようだ。40分強で郵便局を目指す。16時近いので、長野中央の近くの郵便局を回って、16時を多少回ったところで、中郵によれればと考える。長野の地理はそこそこ分かっているつもりなので、分からないのはバスの系統だけ。城山公園とかSBC方面に行くバス路線は分かるが、中央郵便局方面はよく分からない。路線図を見ていると、100円バスの文字が。市街地区間は一律100円になっているらしいのだ。これも活性化策の一つらしい。一応県庁方面へ行くにはだいたいのバス路線が通過するようなので、前に止まっている長野電鉄のバスに乗車、始発バス停ではないはずなのに、整理券が出ていない。乗客が多いという理由で整理券なしになっているものだと思うが、それ以前から乗っている客は容易にキセル出来そうな感じがする。市街は結構混んでいる。かなり時間がかかった。長野オリンピックで交通情報を提供するシステムは稼働している長野市だとおもうが、交通流の制御という、物理的な面で一考しないと解決しなさそう。いくら安くても、定刻運行からかけ離れるファクターが多いほど、バスには乗りたくない。長野中央郵便局を左手に見たので、次のバス停で下車。100円を運賃箱に入れて長野県庁へ向かう。

3年前までは長野県民だったが、長野県庁を訪れるのは初めて。最近では、小学校4年だかの社会見学で県庁を訪れるらしいが、僕の時分は長野道が松本までしか開いていなかったため、県庁に来ることはなかったのだ。受付のおねぇさんに郵便局の位置を訊く。またか、というような顔で、なれた口調で教えてもらう。同業者が多数か。長野県庁内郵便局は一般的な庁内局の雰囲気だった。大阪市役所内とか、愛知県庁内といった感じ。ゴム印は、長野のプリフェクチュアカラー(?)のオレンジのインクマルに「ナ」のあのマーク。他県から来た人はこれが長野県のマークだとは思うまい。あまり強く押印すると、マルの中のナがつぶれてしまいそうでこわい。そうなったら、タダのオレンジの●になってしまう。 こんな感じに↓


13-08-08 11377   100  ● 長野県庁内郵便局    *51,300


貯金がすむと、せっかく来たというので例のガラス張りの知事室が見たくなった。県民コーナーに出来たらしいのでそちらに行く。確かにガラス張りの知事室はあった。変なカモシカのぬいぐるみが鎮座しており、秘書(?)の方がなにやら仕事をしていた。残念ながら田中氏はいなかったが。これじゃ落ち着いて仕事できないよぉ。とはいえ、こんな知事室をつくらなければならなくなった長野県の民主主義って一体?

そして、時間が怪しくなったので、そそくさと長野中央郵便局へ。もちろん16時を回っても貯金の窓口はやっている。2人ほど待っていたので、電子郵便局でat Zのカウンタを増やしておく。ここの印もいわゆる「宝」だった。しかも結構こっていると思う。

さっさと中郵を後にして、駅へ戻る。バスに乗りたいが歩いているウチに、かるかや山まで来てしまったので、 適当な道を曲がり駅へショートカット。勘通り、元平安堂があったわきから、ながの東急の脇に出ることが出来た。このあたりはオレの庭(誇張表現)。それにしても、平安堂の跡地にスターバックスが進出するという風の噂を聞いたが、いかがなものか。近くには、ケンタやマックがあり、人通りも多いので十分可能性はある。権堂は最近寂れ気味だというし。

○ローカル線って結構混んでんじゃん!

長野駅でPETのお茶をかって、飯山線のホームへ。すでに座席は埋まっていて、立っていくことになった。運転席の後部に陣取りかぶりついていこうかと思ったとき、かなり濃そうな鉄の方が乗ってくる。一件してすぐに分かるのはどうしてでしょうか。すでに運転席後部は他の乗客で埋まっていた。その鉄はかぶりつきたそうなそぶりをしていたが、僕は気にかけないそぶりでさりげなく前に立ちはだかっておいた。隣の高校生グループは、たくさんの教科書を抱えて飯山線に乗ったようだ。話から学習合宿に行くらしい。どこの高校かな?

飯山や戸狩野沢温泉でかなりのひとが降りていった。濃そうな鉄も、意外にも飯山線を乗り通すかと思っていたが降りていった。無事にボックスを確保。飯山線も車窓がかなりよさげ。

○温泉はきもちえぇ

飯山線の津南駅は、駅に温泉が併設されている。今夜の風呂はここだ。降りたのは私一人。さっそくカウンターで、500円を支払い、2階の風呂へ。すいているだろうなぁと踏んでいた温泉だったが、クルマで乗り付ける地元の方がかなり多くて結構混んでいた。地元の人たちの憩いの場?というところか。しかし、これが結構ぬるい。源泉の直上に立地しているが、源泉自体が33.6度なので、沸かし直しているのだろうか。一緒に入っていたオジサンが、「ここのはちょっとぬるいからなぁ」と話してくれた。それでも、地元の支持は厚く、次々と人が入れ替わっていった。

30分ほど経ったところであがる。一応、詳しい温泉成分を書き留めたのだが、先に述べたように、ノート自体が郵便事故で紛失してしまったためここには書けない。脱衣室の外には血圧計があったが、5分で100円という訳の分からないタイマーがついていた。使う人はいるのだろうか。すでに真っ暗になった駅前を散策。飲み屋が一軒明かりをつけていた他は、これといったものもなし。信濃川(ここは新潟県だ!)の橋のたもとまで歩いて折り返してきた。

津南駅には、JR東日本のPOS端末である「兼掌POS」が導入されていた。まだ落ちていないようだったので、入場券と一番安い乗車券を購入してみる。非磁気化券だった。入場券には通番が振られていたが、やはり1番の券だった。券面の構成も一昨日購入した西日本のPOS入場券と微妙に違う。POSにも関わらず、指定券も津南駅でという張り紙があった。どうやって発券するのか非常に興味深かったが、これといって求めなければいけない指定券がなかったのでやめておく。ちなみに、ホームの物置には、ホコリをかぶった「津南駅兼掌POS運用開始式」という看板が立てかけてあった。

駅の待合室にいると、次々と温泉に入りにくる地元の人々。なにやら、顔パスで入っていくひとがたくさんいる。???不公平?と思っていると、パンフレットに「家族会員券」なるものが存在することが書いてある。多分それで入っているのだと思う。世帯単位という課金制度は珍しい。

JR津南 JR津南駅。ホームは小さいが、温泉にはたくさんの人が。

○再び飯山線

1954発の飯山線で後は越後川口まで抜けるのみ。電車が入線してくると驚いた。面識はないが、大学で見かけたことのある人が乗っていたからである。よっぽど声をかけようかと思ったがやめておいた。それにしてもびっくりだ。その後、どこかの駅で、オジサン2人連れが口げんかしながら乗ってきた。だいぶ酒が入っているようだったが、何しろ声がでかいので車両全体に響いている。おかげで眠気が覚めてしまった。ちょっと年の差がある2人だったが、どう聞いても、年下のオジサンの方が筋が通った話をしている。年上のオジサンが先に降りていってしまったが、明日会社であったらどんな風になるのだろう。

おかげで退屈せずに^^;越後川口に到着。2100。あたりは真っ暗であり、ホームには虫がぶんぶん飛んでいる。そういえば、名古屋にいるころは虫がいそうであまりいなかった。山の中に来たのだということを感じる。26分の接続で長岡へ。かなり余裕を見てある接続に思えるが、雪が降ったとかで飯山線が遅れたときなどに対応しているのだろうか?

○夜の電車はいい加減退屈だ

予想通りのがらがらな上越線。ボックスを完全確保して、足を伸ばして寝ていく。長岡2149着。長岡は3分の乗り換え。余裕なはずだが、一応走っておく。2152発の新潟行き。座れず。

今夜は後輩のIΣЯにとめてもらうことになっているため、越後線でもう少し足を伸ばす。越後線は30分の接続。満員電車。内野駅で下車。予定通りIΣЯが迎えに来てくれていた。

 

翌日へ

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