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18きっぷで帰省4日目 2001/08/09

○はじめに

この旅行記の旅行メモが、実家から自宅への回送中に郵便事故に遭ってしまい、紛失してしまいました。従って、時刻表と旅行貯金通帳を照らし合わせながら思いだしで書きますのでご了承ください。

○同伴者を誘う

とぼとぼとIΣЯの家に歩き出すと、日付が変わった。IΣЯ宅で土産を渡し、何か買い物でもということで、セーブオンへ。セーブオンは初めてだが、ライトマップルの関東版があったので、購入。再び帰宅し、本日の計画について話す。彼は、つい先日、「乗り物に乗ってどこかに行きたい気分」というメールをよこしており、本日の喜多方ラーメンの日程へ乗ってきそうなものである。しかし、今晩は新潟で祭りがあるとのことで、それに間に合えば行くことになった。早速時刻表で検索をかけると、今日の日程を全く僕と同じにすれば間に合わないが、喜多方もしくは会津若松で散会とすれば、なんとか間に合いそうだということが分かる。そういうことで、1回分持て余していた18きっぷをIΣЯに販売。旅行への計画が整う。

IΣЯに関して少し書いておくと、彼は僕の高校の後輩である。いろいろな行動をあげるときりがないが、浪人時代は名古屋に住んでいて、たまに飲んだり遊びにきたりしていたのだ。本人は否定しているが、「乗り物にのってどこかに行きたい気分」と言っているくらいだから、少なくとも潜在的な鉄であることは間違いない。今回の行動とは関係ないが、献血につれてってやって以来、彼も献血にはまっているらしくちょこちょこと抜きに言っているようである。また、スタバ好きでもある。郵貯を始めればパーフェクトなのだが…。

一人旅がそこそこ飽きてきたときだったので、同伴者ができて、こっちとしても嬉しい。後は、今夜の銭湯の位置を確認するために地図を見せてもらったり、18きっぷの仕様説明をしたり、IΣЯの洗濯物を片づけるべくコインランドリーにつきあったり、某大学構内を案内してもらったりしていたら、一睡もしないまま出発時刻になった。

○徹夜明けはつらい…

内野534発を目指す。意外にも内野の改札は開いており、18きっぷにスタンプを捺してもらう。スタンプは昨日の新潟駅のものと同じく、東日本のオーソドックススタイル。始発ということもあり、無事座席を確保して睡眠。しかし、乗り越すと大変だ。吉田近くでIΣЯに起こされる。さすが、夜に強いぜIΣЯ先生。一晩くらいの徹夜じゃびくともしませんなぁ。こっちも、連れがいることで心理的に安心して眠ってしまったらしい。

吉田はイイ思い出がない。というのも、昨年の旅行で弥彦線の終点から、ここ吉田まで炎天下の中汗だくで走った覚えがあるからだ。しかし、今日はそのときとは全然ちがい、かなり涼しい。駅前のデイリーストアで朝食を購入。弥彦線は635発。発車するとまたもや寝てしまい、終点の東三条で再びIΣЯに起こされる。恐れ入ります。

東三条ではなかなか接続もよく、700の新潟行きに乗ることができる。今日は磐越西線に乗るから、接続点の新津で降りても良かったのだが、確実に座るにはやはり始発駅から乗った方がよいだろうということになり、新潟まで乗っていく。定刻に新潟に到着。748。

○せっかくの磐越西線だが…

磐越西線の快速あがの2号は823発。考えてみれば、快速はすごく久しぶり、というか、今回の旅行で初めてな気がする。1席ずつが向かい合わせになったボックス(っていうのか?クロスっていえばいいのか?)を確保。やがて発車。磐越西線は、多客期にSLを走らせるくらいの景色のいい路線であることは有名である。しかし、前日の徹夜がたたり、ぐっすり睡眠。またもや、あっという間に喜多方に到着してしまった。1023。

○待ってました喜多方ラーメン

喜多方の街にはラーメン屋がたくさん。まぁ、体調もあまりよろしくないようなので、2券くらいを見繕って入ればいいか。とおもい、荷物をコインロッカーにぶち込んだ後、駅前の観光案内所で地図をもらってくる。さしあたって、駅か一番近い、桜井食堂で食べる。時間的に誰もいなかったが、芸能人のサインがたくさん貼ってあった。なんて言うラーメンを食べたかは失念(つうか、メモはちゃんと取ったんだけど…郵便事故…)。量はそれほどでもなかったのでさくっと食べ終え、地図に載っていた郵便局を目指す。

喜多方駅前郵便局で貯金。ラーメンを実家に送ろうと思うので、そのためのゆうパックの袋を購入。もう一局の郵便局にIΣЯをつきあわす。途中で、蔵の形をした会津信用金庫喜多方支店でDL。しかし、街の中にはいたるところにぁゃιぃキリスト教の看板。こんな宗教じゃないだろ。キリスト教は。そのうち、また特徴ある建物の、喜多方下町郵便局を訪問。警備のおっちゃんに、IΣЯがどこのラーメンがうまいですかねぇ?という質問をしている。人によって好みは分かれるという回答だったように思うが、まさにその通り。

あまり駅から離れるのもアレなんでということで、また違う通りを南に向かって歩き出す。すると、どっかのガイドブックでみた、大安という店を発券。名前だけは一緒で、見覚えのある写真とはまた別。立て替えたらしい。食券制らしいので食券を購入して待つ。夏休み中なのか、高校生くらいの娘さんが運んできてくれた。2杯目でIΣЯもオレも幾分きつかったが、なんとか完食。土産をということで、実家に送るおみやげ用の麺を購入。IΣЯも買った。その場で麺を詰めてくれたので、なかなか新鮮そうで良い。

後は、駅前の土産物屋で他のいくつかのラーメンを購入した。考えてみれば、全部で、20食分くらい買ったことになり、食べきれるか心配。(その後、実家ではあっという間にラーメンが無くなった。恐るべし。)郵パックの袋に入りきらなさそうだったので、再び駅前局で大きい袋を購入。いつも通り、荷造りは電車の中で行うことにする。僕が旅行をするときは、いつもそうだ。再び駅に戻り1200発の会津若松行きに乗る。

○会津若松は地方都市

列車の中で、ナントカ座席を確保して荷造り開始。宛名も揺れる中一所懸命書く。そして、一杯になった袋になんとか封をして完了。あとは、宛名を貼って出すだけだ。1216会津若松着。思ったより大きな駅。駅前もバスプールなど広くつくってある。観光都市か。駅前を右手にいって、しばらく歩いたところに、若松駅前郵便局があった。まず、ゆうパックにタグを取り付けて送る手配。ここからだとどのくらいで届くのだろうか?IΣЯがゆうパックを差し出している間に、貯金をする。

再び駅にもどって、土産物屋を眺めたりしているうちに、僕の出発時間が近づいてきた。1305発、只見行き。ちなみにIΣЯは1435発であるから、まだ1時間半も時間がある。つきあわせて置いて申し訳ないが、仕方がない。IΣЯに別れを告げて、只見線のホームへ。

○山の中只見線

超ローカルと思っていた只見線。実は、帰宅する高校生の足になっていた。若松口でも一日に10本程度しかないから、さぞかし不便だろうなぁ。さらに乗車してから驚いた。非冷房車だったのだ。乗車した高校生は慣れたように窓を開ける。こんな線路が残っているとはねぇ。途中までは、地元の人が大勢をしめていたが、そのうちがらがらとなり、18きっぷを利用している人が大勢となった。ボックスも余裕で確保でき、そのうち列車も山の奥に入っていった。聞いていたものの、なんと秘境を進んで行くことか。併走して国道が走っているはずだが、国道が見える箇所はかなり少なく、山奥に線路だけが引かれているという印象。

只見に到着。時刻表上では列車の終着である。ここから1620の接続列車に乗らなくてはいけない。時間は23分あいている。駅前はやたらと広く、迎えの車やタクシーが止まっていた。バス停もあったが、一日数本という、ごくありがちな感じ。明らかに何もないので、ホームへ戻る。(実は、近くに郵便局があったことが後に判明。4時前走りが出来たようだ。)さっきの列車がホームには止まっている。聞いてみると、この列車がそのまま小出行きになるらしい。さっきの座席にもどって発車を待つ。只見線は冬になるとまた雪景色がみられそうだ。とはいえ、こんなのは旅行者の勝手な希望であって、地元では国道が通行止めになるため非常に不便をしいられることになる。

 JR只見駅。このアングルから撮影した写真は、ウェブ上で良く見ますな。

やがて発車した列車は大白川に到着。対向列車とすれ違うのだが、対向列車が遅れているとのことで、少し長めに停車する旨の放送があった。すすっと、改札をすり抜け、駅前へ出てみるも何もないため、すぐに引き返した。やがて、反対列車が到着すると、タブレットを交換し再び出発。いい風景という前に、見慣れない光景を見た感じ。

さて、小出に着く前に今晩の銭湯をどこにするか決めなくてはいけない。当初は、迷いもなく新潟で入る予定だったが、今日は新潟まつりの最終日。ということで、新潟市内はものすごい人だろう。この荷物を持って人混みの中を行くのも何かイヤな気がする。他に銭湯のありそうな場所…。いくつか候補があったのだが、まぁ、温泉に入っとけ。と思い、越後湯沢温泉へ行くことに決める。確か、駅構内に温泉があったはずである。

○越後湯沢で温泉

小出からは今夜もう一度通ることになるであろう、上越線を上る。越後中里まで行きであるので、乗り越すと後が無くなるが、幸いにも徹夜から来る体調不良も回復し、車内もそこそこ混んでいただけあって寝ずにすんだ。孫を二人連れて乗車中のおばあさんを見かける。僕も昔は祖父や祖母と電車にのって出かけたものだ。結構、そのくらいの年代になると、主要交通手段が国鉄だったこともあり、鉄道旅のノウハウを持っている気がする。この孫連れのおばあさんもそんな感じの人だった。

JR小出 只見線の始点、小出駅。駅前には何もございませんで、町は駅の裏手になるようです。

1855越後湯沢に到着すると、何となく静かな雰囲気。あぁ、駅の中の温泉「ぽんしゅ館」は閉まっていた。後から調べたところによると、閉まるのが1730ということ。早すぎ…。冬はスキー客にあわせてもう少し伸びるらしいけど。酒風呂で、併設の酒の何タラでは、利き酒コーナーがあるとのこと。これは一度やってみたいところだ。しかし、せっかくの温泉なのに、わざわざ酒風呂?という感もぬぐえない。とまぁ、閉まっているのは仕方ないので、駅構内にあった湯沢町の観光マップを見る。すると、結構な公衆浴場があることが分かった。そのうち、一番近そうな(実はもうちょっと近いところもあったのだが)ロープウェイ乗り場併設の、「コマクサの湯」という風呂に決定。温泉街の通りを歩いていく。道ばたの温泉旅館も立ち寄り湯をやっていると書いてあるが、1000円台であるのでもちろん素通り。途中のセブンイレブンで午後ティーを買って、先に進む。

コマクサの湯といえば、実家の近くにも同じ名前の温泉浴場がある。行ったことはないけど。さて、ロープウェイの乗り場を目当てに進んでいったが、一発で発見。混んでなければいいなぁ。と思いつつ、中へ。ロープウェイの発見窓口で、入浴券も売っているようだったので購入。入浴料はなんと破格の300円普通の銭湯より安いぞ。風呂は3階とのこと。入り口でおじちゃんが番をしていたので、券を渡して中へ。貴重品用ロッカーと、脱衣ロッカーに鍵がきちんと整備されていて、非常に清潔感漂う感じ。しかも、入浴してる人はかなり少ない。さっそく中へ。すると、おじさんが一人入っていただけ。そのうち子供が一人で入ってきたが、そこそこ広い浴室はガラガラ。体を洗っていると、子供もおじさんも出ていってしまったので結局一人になった。電車の時間にはかなり余裕であるので、ゆっくり入ろうと思う。源泉温度が58.8度ということもあり、風呂もかなり熱い。ちょっと入っているだけで汗がだらだらと流れ、ふらふらしてくる。まぁ、それが気持ちいいといえばいいのだが。ちなみに、この風呂には温泉以外の施設、たとえばサウナとか電気風呂(?)などがない。強いて言えば、浴槽の壁に、泡の噴射があるだけだ。そんな設備があるより、広い風呂に一人で浸かっているのが嬉しい。

だいたい20時前になったところであがる。脱衣所に行くと、飛び込みで入ってきた人がいた。服装からみて、ライダーの人だと分かる。さっぱりしたところで、コマクサの湯を後に。そのまま越後湯沢駅へ。

○あの弁当の味

越後湯沢では、一度電車に乗り込んだものの、電車の空席と僕の空腹があい重なって駅弁を買うことにした。出発時間までには時間があるので、再び階段を上り売店へ。とりあえず一番安いという理由で弁当を買う。受け取ってみると弁当が温かい。そのときは、「いまはこんなサービスをやってるのか。」程度に思っていたのだが、いざ、電車に戻って食べ始めると気づく。この弁当は、あの、農協や自民農水族が反対して物議を醸した、冷凍輸入駅弁O-bentoである。そりゃ、冷凍物だもん。温かい訳だよな。味はというと、冷凍ものだから、こんな感じか。という程度。量はそこそこあるのだと思うが、コンビニ弁当に比べると脂っこくない分、腹のたまりは悪い気がする。そんなこと思っているウチに、あっという間に食べ終わる。2031に越後湯沢発。

○新潟にはまつりの余韻

一応腹がふくれたこともあり、ほとんどの区間を寝て通し、長岡で乗り換えた後新潟へ向かう。本日は、まつりのために臨時列車が何本かでている。そういえば、今日に限って、MLえちごの発車時刻も変更となっているのだ。これについては、計画時点でわかり得たことなのに、何も疑問に思わなかった。その点は反省すべきところ。すれ違っている電車はどれも満員。まつりは終わったのだな。

新潟に到着すると、まつりの余韻を楽しんでいる人や、これから帰途につく人たちで混雑している。なんと、ホームには駅員だけでなく、官憲や警備員がついて厳重な警備をしている。兵庫での将棋倒し事故あってのことだと思うが、なんとなくものものしい。いったん改札を出て、キオスクで発泡酒とおつまみを購入。今夜はしっかり寝たい。まつりを楽しんだであろう、IΣЯからメールが入ったりしながら、MLえちごの入線してくるだろうホームで待つ。

○ムーンライトえちご初体験

ムーンライトえちごは165系にもかかわらず、ムーンライト専用として、中古のグリーン車のシートがついている。よって、非常に心地よい。とりあえず、眠剤代わりとして発泡酒を開ける。隣には幸いにも人が乗ってこない。まだ、長岡までに乗ってくる可能性があるから、油断は出来ないが。ちなみに、初めて、アサヒの本生(赤いヤツね)を飲んでみたが、結構うまい。これからは発泡酒はアサヒだな。そして、日付が変わる新津までに飲み終えて、さっさと眠りにつく。車内はまだ減灯されないがウトウト。 翌日へ→

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