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18きっぷで帰省5日目 2001/08/10

○はじめに

この旅行記の旅行メモが、実家から自宅への回送中に郵便事故に遭ってしまい、紛失してしまいました。従って、時刻表と旅行貯金通帳を照らし合わせながら思いだしで書きますのでご了承ください。

○前日から引き続きムーンライトえちご

いつの間にか長岡に着いたようだ。隣に人が来たので、体制を立て直して就寝。車内は減灯されるから、MLながらよりも、よっぽど寝やすい。高崎で起きたような気もするが、本格的に起きたのは大宮到着の10分くらい前。降りる支度をして待つ。そういえば、検札がくると思って、内ポケットに切符を忍ばせて置いたのだが、結局こなかった模様。どうなっとるんかな?過去に、MLながらでも検札がこなかったことがあったから、なにか原因があるのか。というわけで、最終日の日付が入らずに、18きっぷを使い続けることになる。そんなこんなで大宮で下車。時刻は430。人々はまだ動き出していない。東京ドームの観客席のようなベンチに座って、東北本線の始発列車を待つ。

○東京近郊区間

536発の黒磯行きに乗る。たしか211系だったように思うが。始発だというのに、結構人が乗っているのには驚いた。走っていくと、微妙に遅れている。両毛線への小山での乗り継ぎは2分なので、非常に気になる。小山の前では乗り継ぎ列車の放送があったが、乗車予定の列車は乗り継ぎ列車とは認められていないらしく、次の列車が放送された。ホームの番号だけを覚えて、到着と同時にダッシュ。しかし、627発の列車はそのホームではなく、違うホームからの出発だった。結局、乗り継げず次の列車になることが確定。今日の予定を立て直さなくては…、と思ったが、実は高崎でもとの計画に簡単に復帰出来ることが判明。ほっとした。ほっとしたところで、乗務員室に出向いて、今日の日付を入れてもらう。このまま入れずに進むと、どっかで一悶着ありそうな感じがしたから。通常の車掌は、日付入り検札印を持っていないから、手書きで日付が記入され、そこに車掌の認め印が捺される。この扱いを自分自身が受けるのは今回が初めて。扱っているのは、関西本線などで見たことがある。しかし、「レチ」とはねぇ…。

13年8月10日 432Mレチ

時間いっぱい列車で寝て過ごす。発車間際になった頃には、座席もほとんど埋まった。これから先は、ずっと寝ていった。しかしロングシートは非常に寝にくかった。

○あらためて群馬県入り

新前橋に到着すると、841である。コンコースにあがり、どんな郵便局が控えているのかマップで確認。いくつか散らばっているが、あまり欲張らずに1局にしぼることにした。駅の裏側に出て国道17号を渡ると、前橋元総社郵便局を無事発見。9時前だったが局舎は開いており、9時前に取り扱ってもらえた。再び駅に戻る。ホームに下りると、新前橋電車区は目前。車両の清掃や洗車などの風景を眺めていると、やがて電車が来た。929発の水上行きである。グループの客が多くて、結構混んでいる。大学のサークルっぽい。合宿にでもいくらしい。渋川でかなり下車。自分もそのひとり。朝食に駅そばをかき込んで乗り継ぎ列車を待つ。ホームにはどんどん人がたまっていく。これも結構意外。盲腸線は、しっかりすいているという印象があったが、今回の旅行はこれが覆されてばかりである。

大前行きには、学生のグループがたくさん乗っており、ボックスを占めているためロングに座っていく。はじめは平野部を走っていったが、だんだんと山中へ。山中といっても、観光開発がなされている草津方面へむかっているため、只見線とは全然印象が違う。しかし、これといって印象深い景色もなく、学生のグループがにぎやかなだけだ。温泉の看板はよく目に付くが。長野原草津口や、万座・草津口で結構な人が下車。そして、大前へ。大前は地元の人が数人下りた以外は、18きっぷ利用の折り返し利用者が多数。ホームでしきりに写真を撮っている。1129に発車後は折り返してすぐの万座・鹿沢口で下車。

○観光地へ突入

なにげにバスターミナル?が駅前に存在。何人か並んでいたので、その後に続いて並ぶ。1140の定刻少し前にバスが到着。レオのマークが入った、西部高原バス。整理券をとって乗り込む。数人程度の乗車だったため、まぁ、軽井沢までこんなもんか。と思って出発。しかし、この考えも甘かった。

バスはすぐに、鬼押ハイウェーに入る。有料道路だが、民間設置の道路。なんでこんなところにバス停が?とういバス停をいくつか通過し、鬼押出しへと上っていく。結構坂は急だ。やがて、溶岩が固まった地形が出てきたら、まもなく鬼押出し園に到着。ランプウェイが構成されていて、さすが民間設計だと感じる。バスはバス停に停車。とおもったら、バス停にはかなりの人が並んでいる。むむむむ。あっという間に座席が埋まった。完全な観光路線だった…。いくつかの観光利用者用なバス停をすぎる。途中に、信号機が設置されていたが、信号機の制御箱には警察のエンブレム(?)は入っていなかった。道路のすぐ脇は浅間山の立ち入り禁止区域らしい。そんな看板が立っている。バスは坂を下りていき、国道146に接続。右手に郵便局を発見するもよる術は無い。ゴリンでカーリングをした、軽井沢スケートセンターでは、ついに立ち席が出る始末。乗客の何人かは、マルス券をもって乗車していた。○に企となっていたから、何かの企画乗車券なのは間違いないが。それ以上は分からず。

国道18号に出ると、大渋滞。地元の人は迷惑だと思うが、町自体が観光でなりたっているようなものだから、このあたりは享受しているのだろうか。やがて軽井沢到着。バス出口にはどっと人が集まる。ゆっくり降りようよ。とりあえず、軽井沢駅に行ってみる。キャッシュコーナーでDL。細々おろしているので、よる頻度が高い。久々に八十二銀行のATMを見た気がする。一昨日にも長野県にはいたのに。時間が死ぬほどあるので、郵便局へ向かうことに。

○軽井沢は人だらけ

駅前から軽井沢通りに向かって歩く。あっさりと、軽井沢駅前郵便局を見つけ、貯金。観光目的な郵便局で、一生懸命記念切手の販売をしているようだった。次に目指すのは、本局である。通りを奥へと進む。

イヤと言うほどレンタルサイクルを見かける。しかも、普段乗り慣れていないような自転車だから、なんどか轢かれそうになる。二人分のサドルがついた自転車も何台か見かけたが、もう、見てるこっちが怖くなる。車長が長すぎるのだ。普通免許の人が、大型を運転するようなもの。さらに、歩いている人も多いもんだから…。もう。軽井沢に来る前は自転車借りようかとも思っていたが、1回ウン千円というその料金と、自転車に乗ってもこの混み具合では対して徒歩と変わらないだろうと思って、あっさりやめた。歩道も狭いし、車道には結構クルマはいるし。自転車の棲み分けが必要なのではないですか>軽井沢町。

肝心の郵便局は、どっかの路地を右に曲がらなければいけなかったらしく、かなり通過したと思える交番で案内図をもらってようやく気がついた。時間もいっぱいいっぱいだったので、折り返した。曲がらなければいけない路地も人で埋め尽くされていたので、さっさと諦めて再び軽井沢駅に戻る。帰り際にもなんどか轢かれそうになったのは言うまでもない。

しなの鉄道の乗り場の前には、おぎのやの立ち売りがいた。しばらく前に、諏訪のおぎのやでかまめしを手に入れそびれた経験があったので、こんどこそと思っていたが、昼時の時間も相まって在庫はかなりある。よろこんで2千円札を交えながら3個ほど購入。あぅ。重い。まぁ、それほど印象が良くない軽井沢だったが、かまめしを買えたので良かった良かった。それにしても、軽井沢のブランド力は恐ろしいと思う。長野県だって、軽井沢くらいの涼しさを求めれば、他のところだっていくらでもある。

○信越本線に乗って

自動券売機で420円区間を購入。ここからはしなの鉄道に乗車。ホームには既に入線しており、窓からは保存されているEF63が見えた。そのうち、NBSの取材班が乗ってきた。車内での撮影は無かった。残念。ここからは旧信越本線で小諸まで。まだJRだったころ、ここは乗ったことがあるが、しなの鉄道に移管されてからは初めて。経営は苦しいとのことだったがいかに。発車すると、結構な観光客がいることに気づいた。改札でもらってきた、しなの鉄道のPR誌をみると、フリー切符を発売しているとのこと。値段は結構安いので、それを利用している人も多いだろうな。と考える。それにしても、旧幹線だった名残で駅間が長い。単路線しかもたない鉄道で、この駅間は結構痛そうだ。まぁ、途中に民家は見あたらなかったけど。

左側から小海線が合流してきて、まもなく小諸に到着。雨が降りそうだったので、ラッチの外に出るのはやめておき、素直に小海線ホームへ。1編成が止まっていたが、エンジンが止まっていたのでこの列車ではない様子。これから到着する列車が折り返しになるのだろう。そう思って、停止目標近くに荷物を置いて座席を確保する体制に入る。ここなら確実に扉が来る。そして、列車が入ってきてちゃんとドアが止まった。ボックスを確保してほっと一息。出発前には、座席の空きもちらほら見られた。

○高原鉄道

1446小諸発車。何ともない風景を見ながら進んでいくと、長野新幹線の乗換駅である、佐久平に到着。ここでかなりの人が乗車。へぇ。こんなところに新駅作っても…、と思ったが、結構利用はあるみたい。クルマは一杯になり、僕のボックスにも、外国人の人と子供を連れたおかあさんが座った。そして、高校が集中する次の岩村田で、車内はラッシュ状態。それでも、その混雑は中込で緩和。たくさんの人が降りた。ここでは15分強停車するので、その間にホームへ出て、実家へ電話。しかし、だれも出なかった。

その後、再び出発した小海線は、JRでもっとも標高が高い小海へと上っていく。相席だった子供連れの方はどこかで降りていった。ホームには迎えの人が来ていて、「よくきたねぇ。」と迎えられていた。そして、外国人の方も降りていった。ホームから手を振ってくれたので、こっちも手を振る。結構乗り慣れた様子だったので、どこかの学校のALTかと勝手に想像してみる。

小海線も秘境に入っていったころ、雨も強くなっていった。対向列車との交換駅では、しばらく待つことに。どうも速度規制が入ったらしい。抑止になるとまた厄介だと思い、携帯でJR東日本の運行情報を手に入れる。結構広範で降っているらしく、昨日乗った只見線、さらに、今朝乗ってきた吾妻線が抑止となっているようだ。東京のKCV氏にメールしたりしていると、やがて圏外になった。小海まではずっと登りだが、あまりにゆっくりなスピードが坂によるものなのか速度規制によるものなのかは分からない。千曲川に沿って列車は登る。

やがて、何分か遅れて小海に到着。雨は降り続いているが、まだ速度規制で対応しているらしい。ここは、JR全線で一番標高が高い駅である。1345.67メートルだとか。10センチ単位の目盛りがどのくらい正しいのか疑問になりながら写真に収める。国鉄最高地点という看板もあった。まだ、JRで一番標高が低い駅(=竜飛海底駅@津軽海峡線)には行ったことがないが、またいつか。と思う。この先も速度規制という放送があり、定刻から数分遅れて発車した。列車はここから先のJR最高地点を目指してなおも坂を登っていく。

JR野辺山 日本で一番標高の高いJRの駅。野辺山駅。

国鉄最高地点 日本で一番標高の高い国鉄の駅。野辺山駅。

注意深く窓の外を見ていると、JR鉄道最高地点の碑が。1375メートルとのこと。ここからはずっと下り。そういえば、実家のファンヒータの取説に、標高1000メートル以上での使用はなんたら、という注意書きがあったが、ここがまさに該当するんだな。国立天文台の野辺山電波望遠鏡もこの近くだったが、確認できず。残念。このあたりはクルマで来る価値もありそうだ。列車はここから坂を下る。雨は小雨。寒いので長袖を着たり、エアコンの吹き出し口を閉じたり。

JR最高地点 日本で一番高いJRの地点。

下りだったが、かなり遅い。というのも、速度規制によるもの。確実に、小淵沢時点での遅れは確実。小淵沢からは4分待ち合わせで普通列車に接続する予定である。小淵沢始発なため、多分接続待ちをするはずだが、ワンマンなため、車掌に聞くことも出来ず確証はもてない。近くには、小淵沢からスーパーあずさ12号に接続しようとするひとも結構いる。余裕時分はあずさの方が長いが、仮に発車時刻がすぎた場合、小海線のために接続待ちをするとは到底思えない。さて、どうなるか。

○雨は降る降る…

小淵沢直前で速度アップ。規制が解けたのか。そのままホームに滑り込む。まず、自分が乗車する列車は接続待ちをしている。スーパーあずさもちょうど入ってきたところだ。ドアが開くと、駅放送で、あずさ利用客は急ぐようにとの指示。続いて、普通列車にも案内。いち早く普通列車に乗り込み状況を眺めていると、あずさも、数分の接続を待ったらしい。この程度なら、新宿までには確実に回復するな。そして、あずさの発車を見送ってから、普通も発車。これで、あとは飯田線だけ。といっても、最悪、迎えを呼べばいいし。

遅れを引きずったまま、上諏訪へ。次の飯田線は、上諏訪発だ。ボックス確保のために上諏訪で下車。駅前の狭い雰囲気も昔と変わっていない。入線時刻が分からないので、さっさとホームへ引き返す。すっかり有名になった駅露天風呂は、若い駅員が掃除をしていた。駒ヶ根行きと言うことで、実家に電話して駒ヶ根まで迎えに来てもらう。形見が狭いように、最後の列車となる119系が入線。そして、飯田線を南下して、定刻に駒ヶ根到着。駒ヶ根の駅は結構立派だと思うが、駅前が非常に淋しい。

こうして、5日間の旅は終了。

○旅のまとめ

今回のすべてのJR乗車券は、青春18きっぷ利用でした。11500円。ちなみに、全経路を、まともに普通乗車券を買ったとすると、37700円。連続乗車券を考えて購入したとすると、必要な学割証は6枚となります。いかに、青春18きっぷがおトクか分かります。尤も、この世に青春18きっぷがなかったら、こんなアホな旅行はしません。

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