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18きっぷで関西へ2日目 2001/07/31

○はじめに

この旅行記の旅行メモが、実家から自宅への回送中に郵便事故に遭ってしまい、紛失してしまいました。従って、時刻表と旅行貯金通帳を照らし合わせながら思いだしで書きますのでご了承ください。

○寝坊がいちばんもったいない

今日は献血やら日銀やら日本橋やら、郵貯や鉄道以外のイベントも目白押し。JR難波519に乗るべく430頃起床。考えてみれば寝たのが0時を回っていたから、4時間ちょいしか寝ていないことになる。かなりのグロッキー状態でチェックアウト。もちろん、本日一番早いお客様らしい。

朝のなんばの人通りは少し。飲み明かして歩いている人たちのほか、朝から客引きがいたりしてイライラする。おまけにJR難波はかなり遠かった。5時を少しすぎたあたりでやっと発見。有人改札で日付印を捺してもらう。「7.31JR難波」と入り、切符が本日分の効力を発生した。閑散とするホームにはまだ列車は入ってきておらず、少し待つこととなった。乗車後、すぐに睡眠。いつの間にか発車したようで、おまけにいつの間にか電車はシートが埋まっていた。まだ6時前だぜ。と思いながら、533王寺着。朝食が欲しいところ。この時間だから、どこも開いてないだろうなと思いながら駅前に出てみると、案の定、どこも開いてなかった。通勤ラッシュは既に始まろうとしているのに。こんなことなら、もう一本電車を遅らせればよかったなぁ。

○和歌山線もロングシート

641に王寺を出る、和歌山行きに乗車。ホームにとろとろいった為に、既に高校生他で座席は埋まってしまっている。今日は献血もあるので、少しでも寝ておきたいところだったが、仕方がない。高田で乗り換える。高校生がかなり多くなって、車内はいっぱいである。またもや座れない。辛い。どこかでスイッチバックしたりして、高田っつう駅で、車両を切り離す。ここでナントカ座れることになった。ふぅ。この後、ちょっとだけ合流する帰省中のd-pop氏にメールをしておく。それにしても、長距離で乗る人が多いであろうローカルにもやたらロングシートが多い。僕に睡眠を。

岩出という駅で下車。連絡通り、d-pop氏が車で迎えに来てくれていた。次の列車までの30分強、局巡りにつきあってもらうことになっている。お任せで車を転がしてもらうと、岩出郵便局に到着。ここ岩出町の普通集配局のようだ。開店直後ということもあり、7人待ちとかひどいことになっている。無論、預入票をかいても、ATMで金をDLしても客待ちは進まず、結局発車10分前くらいにようやく順番が回ってきた。意外にも宝の印だった。d-pop氏に急いで駅に戻ってもらい、慌ただしく別れる。和歌山まで送ってくれるとのことだったが、中途半端に和歌山線の未乗区間が残ってしまいそうだったので、断った次第。ありがとう。

○和歌山駅前献血ルーム

1005に和歌山に着いた。献血ルームは既に始まっているが、朝食を食べていない。VVRになってもアレなので、急がば回れ。まずは近所のミスドへ。メニューにお粥がないので、「夏はないのか?!」と思い、聞いてみると、あるとのこと。もう一枚メニューを見せてくれ、ちゃんとあった。お粥と中華まんのセットを注文。消化が良さそうなこのセット。札幌で献血した直前に寄った、札幌駅のミスドで初めて食べて以来の定番メニューである。さくっと食べてちょっとだけマターリしてから、いざ献血へ。

ビルの5階が献血ルーム。成分しか受け付けていないようだったが、もとから血小板希望なので問題なし。採血室と待合室のしきりがない開放的なルームだった。ドナーも結構いるみたいだ。問診票に記入する。前回の健康診断で、心雑音があるといわれてから初めての献血。エコーも取ってもらって、問題ないとの判定を受けているが、一応記入。医者の問診の時にその旨を言うと、初老の医者はでは大丈夫ですね。と、OKの文字を書き入れた。これで以後の献血も問題なく行けそうだ。アミカスとかスペクトラはいらっしゃらなかった。今日のお相手はCCS。採血中の飲食が可能というのはイイですなぁ。カルピスを飲みながら、ゆうせん♪を聞いて採血をする。フローもエラーが出ることなく、つつがなく終了。

再び待合室で待っていると、やがて呼ばれて記念品を頂く。ラップだとかティッシュだとかを頂く。「旅行の途中でがさばってごめんなさいね」と言われるが、まぁ、問題ない。3日の旅行にしては大きすぎるバッグをもっているしね。キャンペーン中でハンドタオルを頂いた。図書券とかの類はポイント制でもらえるみたいだった。手帳を見ると、回数の左側に○にMのスタンプが捺されている。なんのことやらと聞いてみると、ちゃんと処遇品を渡したかチェックするために捺しているのだそう。よく考えてみると、○にMではなくて、○にWだったのか。

○大阪へ〜

1157の紀州路快速で西九条まで直通する。関西空港の連絡用につくられたこのナントカ系列車は、3列シートで通路が広い。天王寺をすぎたあたりから、車内はモロに混んで来て、西九条でちゃんと降りられるか心配だったがちゃんと降りられた。向かい側の桜島線からはちょうど電車が発車していったところで、ちょっと待つことになりそうだ。まっていると、大阪行きの桜島線直通が来た。USJ塗装の103系で、かなり派手。テーマパークへのアクセス手段としては素晴らしいと思いたい。よく見ると、ホームの造り方も、桜島線の1線を両側からホームが挟んでおり、来た列車は両側の扉が開く。大阪環状線の両方向のホームからも、階段の移動なしで乗り換えが出来るというものである。JR西日本の力の入れようが分かる。

自分が乗る桜島行きも、USJ塗装の列車だった。103系といっても、車内は完全にリニューアルされており素晴らしい。デザインにも凝ったユニバーサルシティ駅をすぎると終点の桜島。ホームには下りずに折り返す。USJからは帰りの客がちらほら乗っただけ。まだ昼過ぎだし。安治川口には、新大阪局と大阪小包局が控えている。どちらも一般の扱いはしていないらしく、駅前に安治川口駅前局が存在していた。今日は、日銀優先であるので下車しない。時間がないのだ。よって、そのまま大阪へ向かう。

○日銀は2回目

大阪で、地下鉄梅田駅から御堂筋線に乗る。淀屋橋で下車。一番北の出口から脱出し、淀川を渡ると日銀大阪支店を発見。古い建物の西側に新しい建物があって、そこに入り口が見えた。守衛さんに申告して、あんないのカードを受け取る。エスカレータで2階に上がると窓口がずらっと並んでいた。建物は、名古屋支店よりも新しい。一番奥の窓口が担当窓口だったので以前の名古屋支店と同様に用紙に記入。そして、窓口に差し出して両替。そういえば、名古屋支店とちがって、窓口の内部でジャラジャラとお金の計算をしていない。どこか別の部屋があるのだろうな。

日銀大阪支店 日本銀行大阪支店。正面屋上にあるのは、プラネタリウム(大嘘)。実際に立ち寄った建物は、この裏側にある新しい建物だった。

場違いな雰囲気は、名古屋支店と変わらず。しかし、日銀の支店を2つ制覇した。軽い足取りで日銀を後にする。

○大阪市役所から日本橋へ

道を挟んだ向かい側には、大阪市役所がある。これといって確認しておいた訳ではなかったが、大阪市役所内郵便局があるはずだ。受付のおねぇさんに聞いてみると、案の定地下1階にあるとのこと。階段で地下におりて無事貯金。その後、ここも場違いだったので、さっさと市役所を後にして、再び地下鉄へ。本町、堺筋本町の2カ所で乗り換えて、恵美須町下車。堺筋線の電車は、阪急の車両だった。VVVF。

東京の秋葉原と並んで、大阪の日本橋がある。ちなみに、電気街は、地下鉄の日本橋で降りるより、恵美須町で降りた方が近いのだ。結構にぎわっている。雰囲気的には、京都の四条どおりを電気街にした感じ(?)。片っ端からPCのパーツ屋をのぞいて、一番安い店を探す。どうせバルクだから、安い方がいい。途中でネットカフェを発見したので、メールチェックも兼ねて30分ほど時間を割く。結局、最後の方の店で購入した。大須より1k〜2k位安いから結構なもんだ。

○後は消化試合

恵美須町の改札を1608に抜け、動物園前で乗り換えて御堂筋線から再び梅田に戻る。尼崎を1652に出る東西線に乗りたいから、ちょっと急いで東海道線のホームへ。ちょうど電車がきて、ナントカ尼崎から予定の電車に接続した。

東西線は京橋まで地下だから、特段面白くない。車内もそんなに混んでいなかった。片町線からも座席が全部埋まる程度の乗車率。前に立っていた小学校の先生とおぼしき2人組が、「僕はロータスつかってるんですよ〜」なんて話していた。IT化。車両はそこそこ快適なもので、ロングシートの割には乗り心地が良かった。途中から扉が半自動になったりしてローカル色が次第に強くなっていく。木津1807。

3分で接続し、奈良には1818着。1831発の桜井線に乗る。列車は非常に下町っぽいところを抜けて行くが、車窓にあまり面白みはない。これといったものもなく、タルいと感じながら、1933に王寺。帰宅の人がたくさんいて、おまけに少し列車が遅れていた。その足で奈良まで。まぁ、あっという間だ。

奈良では銭湯にいく予定だ。駅前の地図で住所と照らし合わせるも、該当住所が乗っていない。駅前をしばらくふらついたが、どうもありそうな雰囲気がないし、やたらと歩道が狭いので厭になった。最終手段として京都で風呂に入ることにするが、2020の列車に乗らないとどうにも余裕が持てそうにない。ということで、ダッシュ。なんとか間に合ったが、乗ると30秒ほどでドアが閉まり発車した。クワバラクワバラ。そんな奈良線はガラガラ。平行して、近鉄の京都線が走っているから、乗客は2分されるのだろうが。京都には2128に到着した。久々の京都。地下街の位置関係もそこそこ把握している。

○京都はイイ!

地下街でスタバを見つけた。京都Porta店である。京都タンブラーを購入。と思いきや、どうやら売り切れのご様子。バリスタさんに聞いてみてもやっぱり品切れで、入荷予定がないとのこと。まぁ、次に来たときに…とおもって、アイスアメリカーノを飲んでおく。その後、地下鉄烏丸線で竹橋まで。竹田にはスーパー銭湯があるはずだ。京都はバスが発達しているが、遅くまで運行してくれる地下鉄はやっぱりイイ。竹田に到着したところで、京都の地下鉄をコンプリートしたことになってしまった。

肝心のスーパー銭湯は、地下鉄の車窓から見えていたおかげですぐに発見できた。頭上には名神高速が走っていったが、そのチョい北側だ。まぁ、電車で来る人はそうはいないだろう。それがスーパー銭湯。…といっておきながら、スーパー銭湯は初めてである。まぁ、普通の銭湯にいろいろくっついたようなものであるので、ビジネスホテルとカプセルホテルほどの違いはない。入場券を買って2階の脱衣所へ。やたらと混んでいた。これがスーパー銭湯。タラタラと汗を流しながら入浴。人がどんどん入れ替わってどうにも落ち着かない。やっぱり普通の銭湯がいいかな。人が少なくて。経営は大変だろうけど。

結局、汗を流す程度の入浴で、脱衣所のテレビでニュースを見ながらオロナミンCを飲んでみたりする。1階に降りてみると、食堂が結構すいている。というわけで、夕食を摂ることに。生ビールを飲んでいる人がいて、とてもうまそうだったが、オロナミンCが効いていたのでとどまっておいた。かけそばとおにぎりを注文。旅行メモをまとめたりして待っているとやがて出来上がった。塩の良く効いたおにぎりと、そばで十分となり、まったりせずに再び駅に戻る。竹田ではすこし待ったが、なんとかムーンライトに間に合うように地下鉄に乗ることができた。

結局、京都でかなりの用事を済ませることができた。これだから京都はイイ。また来よ。

○ムーンライトでさらに西へ

京都では開いている店を発見することが出来なかった。結局、夜食のないままにムーンライトに乗ることになる。人はまだまだ途絶えることがなく、ムーンライトに乗るんだろうな。と思えるような、大きな荷物を抱えているグループもたくさん。6番線からの発車とのことで、電光板には「ムーンライト」の列車名。岡山までは、ムーンライト松山・高知・山陽が併結である。6番線に行ってみたものの、ホームの自販機にはペットボトルがなかった。急いで反対側のホームへ行って、ペットのお茶を購入。改めて乗車。

2327に定刻に発車。車掌室からは、牽引の機関車と連絡を取る声が聞こえてきて面白い。すぐに検札が始まり、翌日分の18きっぷの日付を入れてもらう。「8.-1 岡山車掌区」であった。周囲は18きっぷユーザばかりかと思ったが、実際、マトモに切符を購入している人も見受けられた。岡山までいくんなら18きっぷで乗って、残りは金券屋に売ってもいいんじゃないの?とも思ったが、人にはいろんな考え方があるのだ。前に座ったグループは、そこにトイレがあるぞ、洗面所はあそこだなんだと、旅行に慣れているのか慣れていないんだか分からない素振りだったがすぐに寝てしまった。

僕の方は、岡山でキックターンしないといけないので、眠れない夜だ。

 

 

翌日へ

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