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18きっぷで関西へ3日目 2001/08/01

○はじめに

この旅行記の旅行メモが、実家から自宅への回送中に郵便事故に遭ってしまい、紛失してしまいました。従って、時刻表と旅行貯金通帳を照らし合わせながら思いだしで書きますのでご了承ください。

○眠れぬムーンライト松山

寝ようと思えば寝られるが、寝過ごしてしまった場合の代償が大きいのだ。ホテル代を浮かす為に、ムーンライト松山で岡山まで行き、そこで再び上りのムーンライト松山で京都へ戻るという計画である。ムーンライトキックターン。「起きたら四国だった」では洒落にならない。日付が変わるのは、新大阪と大阪の間である。案外微妙なダイヤを組んでいる。18きっぷ利用前提の列車なのだから、もっとわかりやすい時刻にすればいいのに。とはいえ、18きっぷユーザはそのあたりのことはしっかり計算に入れてあるはずではあるが。

既に減灯された車内は、次第に静かになっていき、すやすやと眠っている人が多い。大阪をすぎると、窓の外も一気に暗くなり、たまにコンビニなどの明かりが見えてくると、駅が近づいたということが分かる。明石の手前では、JSTMとかかれた大きな時計が見えた。東経135度の日本標準時だということは容易に分かるが、JSTMの「M」ってなんの頭文字なのか?

○岡山キックターン

いよいよ岡山に到着。やっと体が動かせて嬉しい限り。11番線に到着。同じホームの13番線に同じ塗装の車両が止まっていたため、その列車が上りのムーンライト松山だとは分かった。しかし、扉も開いていない。車掌の人に訊いてみると、ムーンライト山陽待ちで要するに運転停車っぽいことをしているのだそう。実際の客扱いホームは10番線だそうで、これから、機回しをするとのこと。結構複雑なことをしているものだ。時刻表によると、岡山からは同じ列車となるにも関わらず、ムーンライト松山とムーンライト山陽は発車番線が異なる。しかし、よく注釈をみると、ムーンライト山陽の運行時期だけ、ムーンライト松山も10番線からの発車となっているとのこと。後から調べてみると、13番線の広島方には切欠きの12番線があって、ムーンライト山陽を併結するときは有効長が足りないのだろうと考えることが出来る。

電光掲示板 18きっぷシーズンは、ムーンライトのオンパレード。

こういう夜には温かい飲み物が欲しいところだが、ホームの自販機はあいにく全部COLDである。仕方なく我慢。向かい側のホームでは、ムーンライト山陽とムーンライト松山・高知の切り離し作業をしている。そのうちにごとごとと、上りのムーンライト松山が入線。乗車。僕の指定席には既に先客がおり、起こすのもアレなんで、近くの空いた席に座る。外見は同じような車両でも、座席のリクライニングの仕組みが違っていて、こちらのリクライニングは、言ってしまえばデジタル式。一番深く倒すかそうでないかの2つの位置しか選択できない機構になっていた。なんじゃこりゃ?がたがたとムーンライト山陽が併結されて、まもなく発車。車掌が来るとも思えず、座席を2人分使って横になって眠る。

○久しぶりSeicoMart。でも…

起きると新大阪をすぎたところだった。眠すぎるので再び寝たり起きたりしていると、すぐに京都についた。というより戻ってきた。車内放送通り定刻621。降りると、ムーンライトの長大編成はさっさと回送されていってしまった。乗り換えは634であるので、ホームを移動。まだ入線していなかったが、すぐに入線してきたので、余裕で座ることができた。朝日が射し込んできて、なんともいい感じなはずだが、あまりにも寝不足でいかにも変な感じがする。先へ先へと進み、初めての湖西線。琵琶湖を望みながらの快適な路線で、終着は735近江今津。橋上ホームの立派な駅舎があったが、駅前はお世辞にもにぎわっているとは言えない。高校生が学校目指して散っていった。

JR近江今津 JR近江今津駅。駅前には、懐かしいオレンジ色のコンビニがあった

40分ほどの時間があるので、朝食を摂りたい。コンビニすらなさそうな雰囲気だったが、駅前にはコンビニ。しかも、3月以来のセイコーマートだ。本州にもセイコマがあるとはしっていたが、まさかこんなところで。もちろん寄るのは決定。しかも、こんなこともあろうかと、セイコマの会員カードも持ってきてある。店内の配置は、直角にカウンターを置かないセイコマ独特のもの。北海道と変わりない。ただ、北海道のセイコマにあった、会員に割り引きクーポンを発行する端末が置かれていない。朝食におにぎり数個と飲み物を選んでレジへ。「これつかえますか??」と例のオレンジ色のカードを差し出すと、見るからに初めてみました!という顔で「使えません」と断られた。あー、北海道限定なのか…。でも、カードの裏側には「セイコーマートでお買い物の際、必ずご提示ください」って書いてあることだし。結局、ポイントを加算することは出来なかった。

再び駅に戻って、コンコースのベンチに座って朝食。キヨスクも開いているし、大阪方面へ出かけようとする人達も多い。再びホームに上がり電車を待つ。琵琶湖が望めるホームはなかなかのもの。天気もいい。

○福井中央郵便局と新型通帳

815発の福井行きに乗車。それほど混雑はしていない。デッドセクションから交流区間に入り、福井まで直行。福井には958に到着した。

1年ぶりの福井は、まだ郵便局に立ち寄っていないので、2局ほど回れる公算でいる。まずは、福井中央郵便局へ。若干順番待ちの数字があったが、窓口がたくさん開いているためどんどんはけていく。ちらっと見ると、同業者の姿が見えた。昔は同業者がいると結構マレだと思ったが、最近ではそうは思わなくなっている。結構この趣味を持っている人はいるのだ。その人は通帳の切り替えをしていた。「あーあ」と思ったらやっぱりその通り。通帳が主務者印の押印欄のない、新型通帳に切り替えられてしまったようだ。僕も、インターネットでこの新型通帳を知り、切り替えには結構神経質になって、切り替えの時期には「旧型」を指定したりしていたのだが、その人は通帳が変わったという情報を持っていなかったのだ。新型の方がかなり効率的な通帳になっているのは確かだが、今まで1つも漏らさず集めた主務者印が捺されなくなるのは淋しい。いつかはその時が来てしまうのだろうが、先に延ばせるだけ延ばしたい。

自分の貯金も終了して、局外にでると、さっきの同業者のおじさんが、切り替わった通帳を見ながら呆然としていた。

その後は、時間が少ないかなと思いつつ、急ぎ足で福井佐佳枝郵便局へ向かう。狭い局内だったが、路面電車をデザインしたゴム印には驚いた。もうちょっとまったりとしたいところだったが時間もないので退散。昨年立ち寄った紀伊國屋書店の脇をすり抜け、福井駅に戻る。福井駅は改良工事中で、改札からホームまでの距離がある。

○北陸を北上

1038に福井を出発。車内は登山の帰りの客が多い。見るからに大学のクラブ。各駅停車で非常にタルイが、北陸の開放的な車窓は好きだ。今期、もう一度乗る予定があるから楽しみである。そのときはまたグロッキーな可能性もあるが。金沢には1154着。同じ車両が乗り継ぎ列車となっており、本来はこのまま乗っていればいいのだが、30分ほど時間もあるため、昨年日曜日で寄ることが出来なかった2つの郵便局へ向かう。便利なことに、駅構内に金沢駅内郵便局がある。利便性から混んでいたが、それでも郵便窓口がにぎわっており、貯金窓口はすぐに順番が回ってきた。ゴム印は、兼六園の石灯籠がくっついていた。宝。

そして、駅前の道を渡り、金沢駅前郵便局へ寄る。これも昨年来たときに発見したもの。駅間にはホテルしかない金沢であるが、10分ちょっとで2局回れるというかなり効率のいい局巡りとなった。コンコースのコンビニで昼食を仕入れ、ホームへ向かう。

かなりの混雑ぶり。この区間はいつも混んでいる感じだ。ボックス部は既に埋まっており、ロング部で先ほど買ってきたおにぎりをさっさと食べる。出発する頃にはかなりの乗車率となった。にぎやかな車内でウトウトしつつも、1300に高岡着。

○城端線

駅舎から一番離れたホームから、1312の城端発に乗る。すでに高校生で車内は一杯、座れない。1両目の先頭部で立っていく。やがて出発。途中まで貨物が出入りしているとみえ、高岡の次の越中中川には貨車の引き込み線があった。車窓から見えるもので、一番目立つのは東海北陸道だ。富山から一宮を結ぶ自動車専用道だが、走っている車は全然ない。まだ全通はしていないが、それほど交通量が見込めるのだろうか非常に疑問。

線路自体はローカル色が強くて結構なことで。途中のみどりの窓口のある駅には、M2端末を見ることができた。全国でもこの沿線くらいなものかもしれない。2年前では名古屋でも見ることが出来たのに。M2端末は操作性が格段に悪そうだ。そんなことを考えていると、次第に車内の高校生が減っていった。それでも終点の城端までは座ることが出来ず、1401城端着。

JR城端 JR城端駅。

12分の待ち合わせの後折り返し。帰りの折り返しはがらがらで、余裕でボックスを確保。車掌さんが検札をしにくる。東海北陸道と絡むように城端線は進んでいく。1501に高岡へ戻ってきた。接続はすこぶる良く1510の富山行きに予定通り乗れた。

○富山で一局

高岡から富山まではすぐである。車内が混んでいても気にしない。1529富山着。富山では、1局回る予定になっていた。ここも去年来たときに日曜で貯金できなかった、富山中央郵便局である。道は十分分かっているのでさっさと歩いていく。貯金終了後は、電子郵便局で掲示板にカキコ。

その後、献血ルームが入居しているマリエといふ商業施設で本屋を物色。これといったものもなく、駅へ戻る。名古屋へ戻るのには高山本線だ。1606発まではちょっとばかり時間がある。そいうわけで、ホームにそば屋を発見。券売機を見ると、ざるそばが300円台だった。即決定。かけそばでも300円台をとるところがあるのに。しかも、結構旨かった。これはついてる。

○高山本線

そして、既に入線している高山本線の車両に乗車。ボックスが埋まっていた。どうも出遅れが多い。まぁ、すぐに空くでしょ。

予想通り、途中駅でどんどん人が降りていき、あっという間に人がいなくなった。ボックスも隣あわせの2ボックスとって、景色のイイ方に移って贅沢に楽しむことができた。神岡鉄道の接続駅、猪谷。非常に山奥なカンジがしてイイ。神岡鉱山の貨物輸送で作られたことが容易に想像できる。元は国鉄だったが、日本で2番目の3セク方式らしい。見た限りでは黒字が出ているとも思えないけど…。筆頭株主は、三井金属鉱業。猪谷をすぎると、景色が素晴らしく、渓谷を走っていく鉄道。

高山に再び近づいてくると、乗客が増えてくる。今日は高山で花火が上がるそうだ。それを見に行く人もチラホラと。そのうち、飛騨古川で待ち合わせの停車とのこと。10分くらい経つと、特急ひだが交換していった。富山へ直通するひだは、13号しかない。ざっと50分くらいの遅れが出ているらしい。ん、ダイヤが乱れている?高山直前で運転停車し、そのままホームにそろそろと。そしたら、ホームのかなり外れに止まって扉が開いた。同じホームには、特急ひだが停車している。へぇ。こんな運用もするのか。と思っていたら、今乗ってきた車両は、さっさと折り返し回送されていってしまった。駅に着いてみると、なにやら、落石で下呂と美濃太田の間が不通になっていたらしい。雨が結構降ったようだ。改札では忙しそうに、払い戻し切符の処理やら、旅客案内とかをしていた。

1836発に乗る予定。どうなっているのか尋ねると、下呂方から来る普通列車が折り返すので、それを待たないとだめだという。兎に角、2番線発だから。ということで、2番線に回る事に。一応2番線に行ってはみたものの、来る気配がない。2番線からは、先に1824発だった飛騨古川行きが20分くらい遅れて発車していった。まだまだだな。と思いながら、再び1番線でお茶を買って飲んでいると、上りのひだが発車していった。

しばらく列車の動きのない構内だったが、そのうち2番線には、ひだ15号が到着した。19時ちょいすぎだったように記憶している。。払い戻しは出来ないと駅員が総出で改札にたって謝っている。自然災害は仕方ないよな。と思いながら観ている。と、悠長な事も言ってられず、早いところ普通列車も出てくれないと、下手すると岐阜でタイムアップ(=終電)になってしまう可能性がある。名古屋に住んでいるのに、岐阜でホテルなんてアホらしい。そのうち、普通列車は1番線に発番変更との放送が流れる。

ようやく折り返しとなる普通列車が到着するのだ。さすがにヘロヘロだったので、到着した列車にすぐ乗ってボックスを確保。しばらく待ったところで、発車。1940頃だったと思う。およそ60分の遅れ。このまま、岐阜まで順調に行ってくれればなんとか名古屋へたどり着けそうなものだ。車内放送によると、どっかとどっかの間の落石検知装置が作動したとのこと。その間を注意深く見ていくと、急に列車が減速し徐行している。窓から外を見ると、保線のおじさんが何人かいたので、そこが現場だと分かった。特に変わった様子もないので、ちょっと大きめの石が、検知装置の線を切ったのだろう。

車掌が乗務していたが、何かしら忙しそうだ。美濃太田からの乗り継ぎを尋ねる人や、美濃太田から長良川鉄道の最終に乗り継ぎたい人が間に合うかどうかを訊いている。18きっぷの人は、ムーンライトに乗り継ぎたいと考えている人も何人かいるようだ。長良川鉄道に関しては、多分大丈夫だと思うが、一応、連絡しておくと返事している。その後車掌は運転室の方に向かっていった。指令に連絡するのだろう。再び、車内放送で、「長良川鉄道に乗り継ぎたい人は車掌に申し出るように」との放送が入り、乗り継ぐ人数を確認している。結局、乗り継ぐ人は1人だけのようだ。

その後、一人一人に車掌が回り、何処まで行くかを尋ねてきた。岐阜まで行く人がたくさんいるから、岐阜からの乗り継ぎもなんとかなるだろうと思う。美濃太田に近づくと、最終の放送が。長良川鉄道に乗り継ぐ人は、急いでホームへ行って欲しいこと。太多線への乗り継ぎは、先ほど復旧したばかりだから、太多線のホームで駅放送を訊いて欲しいこと。岐阜方面へ乗り継ぐ人は、2番線に接続列車が入るからそれに乗るようにとのこと。いずれにしても、駅の案内放送に注意して欲しいことなどが連絡された。そのうち、美濃太田構内に列車が入っていく。長良川鉄道のホームを見ると、JRの制服を着た人が長良川鉄道のホームで待っている。15分程度の発車を待っているようだ。

まもなく到着し、駅に降り立つと構内放送が流れて、開口一番、「長良川鉄道にお乗り換えのお客様はお急ぎください」とのこと。岐阜へ乗り継ぐ人は2番線で待つようにとのこと。だいぶ乗り継ぐ人がいるみたいだ。10分くらい待ったところで、1番線に発番変更との放送。まぁ、同じホームだから良いが。そのうち、列車が回送されてきて乗車。ワンマン車両で、ワンマンで運行するらしい。岐阜直前での案内は大丈夫なのか?と思う。しばらくとまっていたが、近くのオヤジはなんだか相当怒っている。非常に不快だ。そのうち、どこかで見た人が座るなぁと思ったら、さっき高山から乗って来た車掌だった。着替え終わり、これから帰宅のご様子。同僚の人と、「オレがXXX(列車番号)に乗るんじゃなかったんだけどさー」「太多線がとまっちゃって、いま動き出したとこ」などと話している。太多線からの接続も待ったようで、まもなく発車、またとまったかと思ったら、また動き出した。乗り残しの確認をとったみたい。途中のナントカという駅で、さっきの怒っているオヤジは、運転手に向かって怒鳴った後、金を払わずに降りていった。無賃乗車かよ。ヲイ。

岐阜到着直前では、ワンマンの運転手。「駅の放送にご注意ください」としか言わない。かなり不案内だなぁ、と思う。岐阜到着。

○意外なところで9372M

反対のホームを見ると、169系の湘南色の電車が止まっていた。「おお。救済臨。」と思ったら、放送で、東京行き乗り継ぎの方はお急ぎくださいと言っている。別に、普通列車の案内もしているが、確実に発車時刻をすぎている列車が先に出るのは明らかなことである。東京行きといえども、名古屋にはちゃんと止まるし、快速だから早い。急いで救済臨に駆け込んで一息。座席はガラガラ。しかし、駅の案内は名古屋方面へ行く客に対して、救済臨を勧めているようには聞こえなかったし、駅の電光表示も、臨時となっていた。18きっぷユーザだから救済臨の存在をしっており、それを選択できたのだけど、普通の切符を持っている人だったら絶対に乗れないって。これも、さっきの列車のワンマン運転がいけないのだろうと思う。車掌がいれば、もっと詳しい案内が出来たはずだ。

がらがらの救済臨は4分ほど遅れて発車した。普通列車は結構混んでいるから、なんと知られていない救済臨か。明らかに東京まで乗っていくだろう雰囲気な人はそれなりにいるが、名古屋の近距離利用だと思われる、スーツを着たおじさんは2,3人いただけだった。

しかし、臨時大垣夜行に乗ったのは初めてで、まさかこんな形で乗ることになるとは思わなかった。

そいうわけで、最終日にちょっとしたハプニングがあったのだが、それなりに状況を楽しんだし良かったと思う。

 

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