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三重をゆく〜 2001/07/23

 

○はじめに

この旅行記の旅行メモが、実家から自宅への回送中に郵便事故に遭ってしまい、紛失してしまいました。従って、時刻表と旅行貯金通帳を照らし合わせながら思いだしで書きますのでご了承ください。

○お伊勢参りじゃないけれど

とうとう夏休み。今年の夏は18きっぷでひたすらりんの予定。手始めに日帰り旅行をすることに。関西本線の始発に乗る。名古屋発は557。関西本線の始発列車に乗るのは初めてではない。以前、関西本線を乗り継いで大阪に行ったとき以来である。車内では、18きっぷの人もチラホラと。日付の記入を受けてない人が車掌に申し出ている。いつもながら、亀山で乗り換えて多気まで。多気では、12分の停車時間がある。ホームに下りてみると、パタパタ式の発車案内装置があった。駅の規模からみて、手動操作だろう。

多気を出ると、高校生がたくさん乗車。伊勢市で乗り換えだが、高校生は皆おりていってしまい、接続の848の列車はガラガラだ。列車の窓から海を見るのは久しぶりだ。場所によって違った色をしているのが面白い。いつの間にか近鉄と平行し、そのまま鳥羽へ到着。鳥羽は近鉄の方が顔が大きい。904。

鳥羽では事前に調べてきたとおり、郵便局へ。すこし歩かなければならないが。観光客はチラホラといるだけ。駅前のタクシーも暇そうに客待ちをしている。鳥羽に来るのも3回目で、かれこれ8年ぶりになる。JRで来るのも初めてだ。広い道に沿っていくと海の香りが。そのうちに、鳥羽錦町郵便局に到着。今回は貯金の他に、高校の同級会の通知を送らなければならない。30通ほどあるハガキを、4カ所の郵便局に分けて送る予定だ。もちろん風景印を捺してもらってである。どれだけの人が気づいてくれるか。それとは別に、実家当ての封書も差し出す。こちらも風景印を捺してもらっておく。鳥羽とかから出しているから、また呆れられるに違いない。それにしても、風景印は2種類あった。一方は、期間限定の特別版だったが、こちらを捺してもらっておく。また、貯金のゴム印も2種類あって選ばせてくれた。こうして、郵便局を後に。目の前には鳥羽水族館があった。駅からこんなに近かったのか。

JR鳥羽 JR鳥羽駅。この左側に近鉄鳥羽駅が。近鉄の方が幅を利かせている。

 

○巡りは予想以上の成果

再び駅に舞い戻り、今度は松阪まで行くのだ。列車は快速みえ6号である。快速は速いからありがたい。932発。松阪までは乗り換えは無し。鳥羽を出たときは車内はがらがらだったが、伊勢市、多気とたくさんの乗客が。昨日泊まって今日帰る観光客。松阪からはさらに乗客がいたようだが、僕は松阪で下車。1007着。早速、駅前通をまっすぐと。まずは、松阪駅前郵便局へ。やたらと地元の人がたくさんいて、それも簡易保険の人がやたらと多いから時間がかかった。待ち時間の間に、風景印の有無を訊いて、あるとの事だったので7枚ほどお願いしておく。料金別納郵便の処理をしていた係りの人だったが、先にこちらの風景印を押印して、すぐに集配に回してくれている。嬉しい限り。貯金も終了し、次の局へ向かう。同じ通りをしばらく歩いていくと、松阪新町郵便局に到着。通帳を差し出すと、局員が通帳を数人に見せている。どうやら、直前の松阪駅前局の、「牛」が入った宝の印に興味を示したらしい。こうやって刺激を受けて、この局でもいずれは宝の印にナルかもしれないので、ここを見た人はいってみませう。ここでは風景印の依頼はせずに、次の局へと向かう。

次に向かうは、松阪郵便局であり、名前からも想像がつくようにいわゆる本局である。広い道を回っていくと遠回りだったので、住宅街の細い道をショートカットすることに。かなりの下町で非常にイイ雰囲気を抜けていくことができた。途中には丸形ポストが健在であり、その脇には自治会の掲示板があって、非常にイイ雰囲気を醸し出していた。さらに勘を頼りに進んでいき、それらしい道に出たので見渡すと、〒のマークを発見。松阪局である。やたらと人がいて、なにかキャンペーンをやっている。とりあえず貯金をと思い、奥へと向かう。待ち人数は7人とか。ここも時間を喰いそうだ。番号札をとって、電子郵便局でat Zの掲示板にカキコ。電子郵便局の扱いも慣れたものだ。多くの電子郵便局はダイヤルアップを使っており、速度は非常に遅いが。やがて貯金がすむ。すると、ロビーでは、かもめーるの販売が特設カウンターで行われている。20枚以上のお買いあげで、丸形ポスト貯金箱がもらえると。なんと太っ腹な。ということで、かもめーる購入。丸形ポスト貯金箱は、旅行貯金を始めた名古屋中央局でもらって以来。郵便局のキャンペーンには無くてはならない景品の一つとなっている。領収書を発行してもらったりしていて、時間がかかったがまぁいいとする。それと、忘れるところだった風景印。ここでも7枚ほど差し出しておく。「自分で捺してもイイよ」と行ってくれたのだが、ちょっと時間がないので、「ちょっとくらいミスってもイイですから」といって去る。…と、その前に、ロビーでは無料でラムネを配っており、そいつでのどを潤す。いままで書かなかったが、外は相当な暑さであり、非常に助かった。 再び駅へ直行。途中でまたもや丸形ポストを発見する。電線が地中化されたきれいな歩道にあったものだが、何故に丸形ポストを残していたのか不明。一応写真を撮っておく。松阪には丸形ポストが多い。

ポストその1 ポストその2 松阪市内丸形ポスト2選。街の中に溶けこみ過ぎ。2つはポストの形状が違う事も分かる。

駅に到着したが、まだ時間があるようなので、駅の反対側にある、松阪朝日郵便局にも足を伸ばすことにした。 地下道を通って線路を渡り、ちょっと歩くと発見。きれいな局舎だったから移転したばかりらしい。ここでも風景印のハガキを数枚お願いして、あとは貯金をして、さっさと立ち去る。近鉄のホームから連絡出来るかもしれないと思い、直接駅に向かってみるが、近鉄の販売機しかなく、100%近鉄なカンジがしたので、JRへの入場が出来るかどうか訊かずに、さっきの地下道を戻った。そして、名松線のホームへ。

○超ローカル名松線

もちろん1両編成。ボックスを確保して発車を待つ。隣のボックスには、マダム4人組が座ったようだ。もう、雰囲気からして地元の人では無いなと思っていると、やっぱりその通りで、話を聞くと、4人で18きっぷを使って旅行なのだそう。名松線には何もないから、やはり同じ列車で伊勢奥津までいって折り返してくるとのこと。18きっぷシーズンではあるが、こういうグループの方もいるのだと思う。ちなみに、今夜は鳥羽まで行き、そこで一泊するのだそう。その辺が、学生と社会人(または主婦)との旅行の違いか。とにかく、M∀RU氏の名言である、「日本人は、皆、鉄っちゃんである」というのが思い出される。

家城までは地元の人が多くいたが、その後は、マダム4人組と、僕だけになった。マダム4人組は、松阪で買った駅弁を食べている。名松線の「名」は何の名か?という話題になったが、不勉強な僕は答えられず。まぁ、一応のところ、名張の「名」であるということで話はまとまった。(実際にその通りでもあった。)車窓にはなにやら寂れたリゾート施設が。たまにCMを観たことがあるが、ここが美杉リゾートか。 ふるさと創生1億円でつくったのかどうだかは知らないけど、バブルの香りがかすかに残る施設であった。しかし、何とも滑稽である。もちろん、人の気配はなかった。まぁ、平日ということもあるのかもだけど。

途中の線路は、脇から伸びた枝や草が車両に当たっている。いいのか?!伊勢奥津には1240に到着。折り返しまで40分弱ある。降りるかどうかマダム4人組の方は迷っていたが、僕は郵便局へ行くために下車。「降りるの?」と訊かれたが、「郵便局へ行って来ます」というと、「なるほと。」と答えていた。旅行貯金は知られた趣味なのか、はたまた風景印の収集と思われたかは謎。その手の人達の間では、伊勢奥津最寄りの、奥津郵便局はかなり有名な存在。 駅前の道を右におれてしばらく木陰道を歩くと、無事に発見できた。貯金と風景印を頼んで去る。これで、一応今日の局巡りの予定はコンプリート。

駅に戻ると、みなさん散策しておられた。僕も暑いので列車に戻ったものの、少し写真を撮ろうと思い、駅前をうろつく。駅舎は開業当時からのものらしく、伊勢奥津驛となっていた。改札窓口は木製だったが、2つもある。開業当時は賑わったのかどうか。兎に角、国鉄のにおいがぷんぷんするのだ。乗務員の人は、駅舎の一角に設けられた乗務員休憩室で休んでいるようだ。エアコンの室外機が回っている。ホームで何枚か写真をとった。構内の一角にある、さびた給水塔が何とも言えない。

JR伊勢奥津 伊勢奥津きっぷうりば 伊勢奥津の駅舎と「きっぷうりば」

1340折り返しの松阪行きは再び出発した。途中駅は、見るからに交換設備を撤去したような不自然な線路の曲がり方をしていたり。それにしても、かつての有人駅は多かった。また、美杉リゾート最寄り駅の伊勢八知にはマルス端末とおぼしき筐体があった。驚き。さらに、家城には、腕木式信号機が存在していたり。なんとも古さが残る名松線だった。松阪に到着し、跨線橋の上でマダム4人組と別れる。「お気をつけて〜」と言うと、4人で手を振ってくれた。こんな経験も初めてな気がする。なかなか恥ずかしいものだ。

腕木式信号機 ポイント転換中 家城の腕木式信号機と転徹てこ。JR東海で唯一の存在のはず。

 

○直接愛知には戻りません!

1453発の亀山行き。かなり混雑していて、ロング部に座る羽目に。まぁ、仕方ない。亀山には1539着。接続はすこぶる良く、加茂行きが1541発。無事乗車。柘植という駅で草津線に乗り換える。1605着。1分乗り換えだが、接続をとっているのは明らかで、ちゃんと乗り換えられる。無事ボックスを確保し、しばし睡眠。山の中から次第に平野に抜けていく感じでこれがまた良い。貴生川をすぎたあたりから若干遅れていることに気づく。草津の乗り換えが怪しくなるから気を揉む。

結局、3分ほど遅れて草津に到着する。定刻だと1645のはず。長浜行きの新快速は1646発だった。初めからこんな無謀な計画を立てるオレもオレだが、それも、日本の鉄道の定時性を信頼してのことである。しかし、この新快速も遅れを持っており、跨線橋を駆け上がって電光板を観ると、まだ1646発が表示されていた。これはラッキーだと思い、無事長浜行きの新快速にのることが出来た。もちろん、座れはしないが。

○18きっぷの常備券を求めて

JR西日本では、18きっぷシーズンになると、マルスで発行する切符以外にあらかじめ印刷された軟券を販売する。すでにJR東日本やJR東海では常備券は印刷していないから、みどりの窓口でないと18きっぷは買えないのだが、他の各社では、この常備券のおかげでみどりの窓口のない駅でも18きっぷが販売される。この夏は、18きっぷで帰省する予定もあり、もう一枚18きっぷが必要だったから、どうせならということで、北陸本線へ立ち寄って買うことにしている。

先ずは、田村という駅で降りてみることにした。しかしこれが大失敗で、駅は無人化されている。しかも、駅前には工場らしきものがあるだけで、他には何もなかった。30分で次の列車が来たからいいようなものの…。1757田村を出発。長浜で乗り換える。次に狙うのは高月という駅。3年くらい前に、高月で常備券を手に入れたというとある掲示板の書き込みを見ていたからだ。時刻表を見ての通り、高月にはみどりの窓口は無い。しかし、それ以降、無人化されている可能性だって捨てきれないわけで、到着まで安心は出来ない。そんな高月には、1815着。

そして、たくさんの人とともに、高月で降りた。やった。駅員がいる。駅の構内が一段落してから、窓口でおそるおそる訊いてみる…。「18きっぷの常備券ありますか?…」おもむろに引き出しをあけ、「これ?」といって、駅員が手に取った赤い切符は、紛れもなく18きっぷの常備券だった。「それです!!」ということで、購入。切符の裏面のバーコードを、JR西日本のPOS端末に読ませ、販売記録を取る。駅員が「あっ!」というので、何事かと思うと、販売日に明日の日付を入れてしまったとのこと。今日から使うのなら問題がありそうだが、使うのは8月に入ってからの予定なので、その券を頂いておく。日付の他に、発行駅名がゴム印で捺された。

JR高月 18きっぷ常備券販売中。

これで、目的を達成したことになるのだが、折り返しの列車までは時間があり、この分だと木之本まで行って折り返しても、同じ列車に乗れそうである。そんなわけで、もう一駅北上することにして時刻を確認。駅前を歩いてみることにした。何しろ、何も食べておらず、空腹だったので、国道まで出てみた。コンビニくらいあると思ったのだが、食料品を扱っていそうな店はなく、ぐるっと一回りして、駅に戻ってきた。時間もそこそこで、1859高月発。

○後は消化試合かな

木之本には、すぐ到着。木之本はみどりの窓口のはずだが、どう見ても、POS端末しか見あたらない。指定券とかどうやって発見するのか興味があったが、あいにく、指定席を確保しなくてはいけないような予定はない。次回の検討課題に。あとは、18きっぷの常備券が置いてありそうな雰囲気だった。が、訊くのも野暮ったいのでやめておいた。1915の長浜行きに乗車。長浜で新快速に乗り換えて米原へ。1952。

米原でもすこぶる接続が良く、1955の大垣行きに乗る。外は真っ暗で、本当の消化試合。こういうのが辛い。2028大垣着。ここもすこぶる接続の良い、東海道本線の盲腸線となっている美濃赤坂行きに乗る。久しぶりの313系だ。帰宅の人達でものすごい混み具合。時刻表の地図を見れば、何故廃止されないのか疑問に思うが、これだけの乗車率と、石灰石輸送があれば存続しているのも頷ける。美濃赤坂までの7分間はずっと立っていった。美濃赤坂で行ったん降りてみると、客扱いはないものの、JR貨物の事務所があり、何人かが働いていた。折り返しの列車は2048発。案の定ガラガラ。大垣には2054着。

2103発の区間快速に乗り、一路大府を目指す。名古屋を通過するのも初めてで、大府には2149着。ここでちょっと時間があるのだが、おとなしくホームで待つ。2204発の武豊行きに乗るのだ。こんな時間になっても、まだ1路線を制覇しようとしているのだから、自分自身にも呆れてしまったり…。ホームにはすでにたくさん人がいた。みんな知多半島の自宅へ帰る人々。終点の武豊には、2232着。30分ほどの乗車だったが、えらく長く感じた。きっと夜だったからだろう。武豊の駅前には郵便局があったのだが、もちろん閉まっている。駅前でしばらく待って、運転手の折り返し作業が済んだところを見計らって乗車し、出発を待つ。

JR武豊 ひと気の無い武豊駅。近くには郵便局が。

武豊は2255発。大府方面の武豊線の終電となる。先ほど乗ってきた+夜で何も見えないのであっては寝るしかない。大府には再び、2325着。大府ではすでに貨物の時間帯が始まっていて、何編成か貨物が通過していった。2339大府発。これも東海道線の下りの終電である。無事に乗車。ダイヤ上では、2359に名古屋着である。これで、今日の分の18きっぷの効力が消えた。自宅の最寄り駅までは、別に乗車券が必要となるから、これを車掌から買うか、駅で精算するか迷ったが、時間があったから、いったんラチ外へ出て、自動券売機で購入することにした。

始発で出発、終電で帰宅。フリー切符はいつもこんな日程。さすがに疲れるけどね。ちなみに、マトモに乗車券を買ったとすると、今回の行程は、9560円かかり、学割は2枚必要だった。

 

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