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さようならYS−11 2001/09/29

 

○飛行機で長野県?

前期試験がやっと終了。秋休みにちょっとした用事で実家に帰る必要があったが、今回は帰省に際してもっともアホな帰省になることは間違いなかった。

国産旅客機YS−11。日本の技術者の汗と涙の結晶ということで、かのプロジェクトXでも2回シリーズで放映された。1200m滑走路で離陸できるという利点から、国内はもとより、海外でも数十機が飛んでいたが、老朽化と効率の悪さから次第に淘汰され、2000年の日航機ニアミスを受けた新たな保安機器を取り付ける必要が迫られ、国内の旅客輸送からは完全に手を引くことが決まったのだ。現在国内でYS-11を運行しているJAC、ANKでは、すでにYS-11の後継機種選定も終了している。

この、国産旅客機に乗らなくてはもったいないと思い計画を進めてきた。実際生まれて初めて空港に行き、間近でみた旅客機はこのYS-11である。当時、ジェット化前の松本空港でJASが運行していた。

当初、YS-11の乗り納めは年末の帰省時と考えていたが、実は大阪−松本線が11月をもって廃止ということが9月あたりに決まり、年末まで待っていられない状態になった。他の路線ではまだ数年は飛ぶ予定でいるようだが、それこそ飛行機に乗りにいくだけの旅行となりさすがに気が引ける。そこで、この9月末をもって決行に至った次第である。

○前日は飲み会

朝最寄り駅へ集合。大阪までは、この休みに帰省するというd-pop氏と同行することになっていたのだ。今回は、大阪まで急行ちくまを利用する。急行ちくまは長野大阪間を結ぶ夜行急行である。以前は客車列車で運行されており、B寝台もついていたのだが、数年前から、特急しなのに利用されている383系車両に置き換えられた。ちくまは名古屋駅に500に到着する。そのため名古屋までは交通手段がタクシーか徒歩しかない。一人だったら迷わず徒歩で行くところだが、今回はd-pop氏の強い要望によりタクシーで向かうことになった。4時少し前に待ち合わせ場所で落ち合う。タクシーは予想通りすんなりつかまる。さすが千余台のタクシーが供給過剰な名古屋市である。タクシーの運転手は「こんな早くに電車があるのか?」と訊いてきた。そうだと答えると、「沖縄じゃそんな訳にはいかない」とおっしゃる。沖縄出身だそうだ。眠そうなd-pop氏をしり目に沖縄についていろいろ話を訊く。やがて名古屋駅に到着。タクシープールでメータが1カウントあがりやがった。プールに入る前にメーターとめてくれよ。1600円。やはり歩きに限る。

415に名古屋駅に到着。早すぎる。名古屋駅はまだ開いていない。徹夜組なお兄さん達が数人いて、くるくると自転車の練習をしている。昼間の人がたくさんいる名古屋駅からは想像できないくらい。地下鉄の階段に座って駅が開くのを待つ。

○夜行急行は適度な混み具合

445駅が開く。張り紙では450に開くことになっているから5分早いのだ。我々も構内へ入る。急行ちくまはどのくらい混んでいるのかがわからなかったので、念のため指定席をおさえてある。マルスが動き出すのが530だったはずだから、仮に名古屋駅で指定をおさえようと思っても無理?運行中の列車は発券できたかもしれないとも思ったが、念のため、である。それにしても特急と比べるととてつもなく安い。中央改札の自動改札はまだ旧型で、切符を重ねて投入することができない。乗車券→急行券の順に投入することになる。実際のところ、乗車券だけで扉は開くのだが。実験の意味もかねて2枚をつづけて投入すると、2枚ともに穴が開いて出てきた。次回は急行券→乗車券の順に投入してみることにしよう。

名古屋駅コンコース 開いたばかりの名古屋駅の中央コンコース。

名古屋駅電光板 「しなの」は愛称で表示されているにも関わらず、「ちくま」は種別での案内。

10番ホームからの案内が出ている。中央線の優等列車の標準乗り場だ。他にも数人乗客がいるようで、乗務交代の車掌さんも来る。東海道線のホームには始発列車が入線し、新幹線ホームには留置車両がとまっている。やがて500定刻に383系の急行ちくまが入線してきた。自由席車両をみると、ほぼ埋まっている。というか、一人でボックスを占めて寝ている乗客が多く、実質的な乗車率は50%を割っているだろう。我々は指定席であるので、2号車へ乗り込む。すでに指定された4番には先客が寝ていた。半分以上がらがらであるので、起こさずに、他のところで座席を回転し、ボックスとする。やがて列車は発車した。定刻通り。夜明けの名古屋を抜け、岐阜に停車し、数人が下車したのを見届けた後、d-pop氏と静かに話しながらすすむ。米原を通過し滅灯が解除される。しかし車内は寝静まったままであり、いつしか眠りにつく。

京阪、JR東海道線、名神高速、新幹線が一手にあつまる天王山付近の景色をみつつ、複々線区間を先へ先へと進んでいく。併走して朝の通勤電車が通っていくが、こちらの電車は快適そのもの。やがて721定刻に新大阪着。ここでd-pop氏と別れる。

○今回の切符

新大阪は迷いやすい駅だと思う。乗り入れ路線は新幹線、東海道線、御堂筋線の3本だけだが、3本が直行していないためコンコースとホームの階段が斜めに設計されている。実は、東海道線での新大阪の利用は初めてだったこともある。それでも空港バスの表示はしっかりしており、その方向に向けて改札を抜ける。今回の伊丹空港までのアクセス手段として、はじめは大阪から御堂筋線+モノレールと乗り継ごうと考えていたのであるが、よく考えると御堂筋線は新大阪を経由している。さらに、よく調べてみると新大阪からリムジンバスが出ているようなので、乗り換えの手間と運賃を考えてバスに乗ることにしたのだ。昔なら迷わずモノレールにしたところだが、もはや手間のかからない手段が重要と考えるようになっている。

しかし、古くに開業した空港はITMもHNDもそうだが、アクセスがモノレールとなっている。昔は目新しさからそうしたのかもしれないが、非常に不便な路線設計となっており、2社が軌道でアクセスするHNDでは、東京モノレールは京急に大きく水をあけられてしまっている。やはり、狭軌で他路線に直接乗り入れができるようになっていないとアクセスとしては痛い。ITMには乗り入れの話はない。土地がないのか、それともKIXの他の滑走路が完成したら、すべてをKIXへ持っていってしまうつもりなのだろうか。

さて、201キロ以上の運賃は20kmスパンで増えていくことになっており、仮に名古屋−新大阪の運賃が2600円となっていたとしても、まだ2600円で乗ることができる区間は先へ続く可能性があるのだ。今回もさらに先へ2600円で乗ることが出来、ユニバーサルシティまでも、同運賃でいけることが判明した。ユニバーサルシティはマルス券でどうやって印字されるのかを知りたかったので、今回は「名古屋−ユニバーサルシティ」の乗車券を購入してある。栄の日旅サービスで購入した乗車券は、ユニバーサルシティは2行に分かれて印字されていた。さらに経由は、名古屋・新大阪・(環)福島 となっている。実は新幹線経由の乗車券でもある。これも、原則的に新幹線と在来線の並行区間は同一路線と見なすという決まりがあるので、問題はない。ただ、米原−新大阪の運賃がJR東海に落ちるだけだ。

そんな乗車券。JR西日本の自動改札では途中下車の可能な乗車券は自動改札が吐き出さずにエラーを返すらしい。そういうわけで、有人改札から「途中下車〜」ということで出場。楕円形の途中下車印はインクがたっぷり。すぐに滲んで「新大阪」の文字が読めないほどになった。ちなみに、再入場の際も自動改札がエラーを返すため、有人改札から入場するようにとのことであった。

○空港バスは混んでいた

バス乗り場へ行き、自動券売機で空港バスの乗車券を購入。490円。前のバスが出たばかりだが、一応並んでおく。みるみる行列が長くなっていったが、5分くらい前にバスが到着。すかさず乗車。車内はかなりの広告がある。運転手の後部には、ロール式の可変広告まで取り付けてある。さすが大阪。発車前には座席がほとんど埋まる。ここまでの乗車率だとは思わなかった。

バスは出発すると、R423、中国自動車道沿いの府道を走行していく。渋滞してはいたが、これも考慮範囲らしく、伊丹空港には定刻通り到着。警察官がやたらと目に付く。警備は強化されているようだ。

○初めての伊丹空港

伊丹空港は実質3社しか入っていないにも関わらず、やたらと構内が広い。国際線を持っていた当時の名残である。目的のJAC451便は11時発だが、スカイメイト利用のため座席が埋まってしまうことをおそれて早くに出発してきたわけだ。まぁ、数ヶ月後に廃止が決まっている便であるので、埋まることはまずないと思うが、念のためである。空港なら飛行機を見ていれば何時間でも時間をつぶせる。そういうわけで、早速航空券を手に入れるため、発券カウンターへ行く。JASは航空券自動発売機はあるものの、クレジットカードで事前予約をしている人専用の機能しか持っていないらしい。そのため、カウンターもたくさんある。

「11時の松本行き」と注文すると、その前に9時がありますがと確認される。まぁ、YS-11に乗るのが目的なので、11時を指定しておく。窓側か通路側か訊かれるが、YS-11は巡航高度が低いため眺めも良い。そいうわけで窓側にしてもらう。スカイメイト、JASマイレッジの2枚のカードを差し出し発券完了。安心したところで、屋上へ行き飛行機を眺める。その後、スタバと大阪土産を買いに出かける。スタバはANAのゲート側にあるため、しばらく歩くが空港の雰囲気っていうのはなかなかいいものだ。

B777 JASの看板機材、レインボージェットB777。

B747とYS-11 ディズニーリゾート塗色のB747と、YS-11。大きさがこんなに違う。

スタバは予想以上に混んでいた。大阪タンをとある人に買っていこうと考えていたので「伊丹市だけどあるかな〜?」と思いながら陳列棚へ。すると驚いたことに、神戸タン/マグと京都マグが置いてあった。大阪タンは見あたらない。神戸タンはまだそろっていなかったのでこれは運がいい。京都タンもできれば欲しかったが、7月に京都に行ったときも売り切れていたので仕方なしと思う。タンブラーとスコーンを持ち帰りにして購入。席がなかったので飲むのはやめておいた。

そして、八つ橋を購入し、おみやげは一通りそろったので、荷物をあずけることにする。航空保安ため預ける手荷物もX線検査を受けなくてはならない。それほど並んでいなかったのですんなりと通過。半券をもらい、手荷物預け入れ終了。そして、朝食を採りに2階へ。まず、郵便局でDL。ここは分室なので、非常に残念な思いも強い(何故だ?)。様々な店がモーニングメニューを出しているが、前日の飲み会がたたり洋食な気分ではないので、和食の店へ入る。まぁ、850円のモーニングでいささか高いのだが、空港のレストランでは仕方のないことだと思う。メニューの内容には満足。しばしまったりとして、後は時間まで屋上で飛行機を眺めることに。滑走路は2本。奥の滑走路でジェット機クラスが飛んでいき、手前の短い滑走路で、プロペラ機、小型ジェット機クラスの飛行機が飛んでいく。結構飛行機を見に来ている人は多かった。

10時をすぎたので、搭乗ゲートへ向かう。機内持ち込み手荷物検査は、保安体制強化がなされており、そこそこの人がいた。航空券を提示して本人性の確認。といっても、「sky-dさん」ですね?程度。これが航空保安上の質問事項らしい。まぁ、国内線だからかな。そして、なにも引っかからないようにして、ゲートを通過。手荷物も無事出てきた。そういえば、手荷物のX線はISO1600フィルムでも感光しない程度になっているということだが、それ以上のフィルムを持っていた場合はどうすれば良いのだろう?今回の場合、預け入れ手荷物でもX線検査が必要なことだし。

○いよいよYS-11へ

松本行きは23番ゲートからの搭乗。予想以上に搭乗口群のはずれにあった。搭乗開始までは時間はまだたっぷりある。思ったより人がいるのは、同じ23番ゲートから1055に出雲行きがでるから。この時刻の出雲行きはSAABなのでボーディングブリッジから搭乗ができるようだ。出雲行きの搭乗で、未搭乗の乗客が一人放送で呼ばれその人があわてて駆け込んでいった1045頃、松本行きも呼ばれ自動改札から階下に降りてバスに乗車。土曜日ということもあろうか、思ったよりは人がいる。しかしこの搭乗率でも飛行機は採算に合わないようだ。さすがに松本まで1時間強と速いが、3時間半を要する新幹線+しなのを利用するより金額が2倍もかかってしまう。私も当事者となれば、JRを利用するところだろう。

そんなことを考えているうちに、バスが動き出し、YS-11に横付けされる。さすがにプロペラ機だから小さい。しかし目前で見るプロペラは迫力がある。機内はとてもコンパクト。座席はプロペラの真横。うーむ。うるさそうだ。荷棚はあるが、「荷物は載せないでください」のシール。客用の膝掛けだけが載せられていた。出発を待っているともう一台バスが横付けされ、数人の人が駆け足で乗り込んでくる。そして、自動でタラップが収納され、右側のエンジンから動き出す。ここで、ライフジャケットの実演。VTRではなく実演しているとつい目がいってしまう。しかし、このライフジャケットを使うときにはもう覚悟が必要なときなんだろうな。と思う。

○高度4000m

先ほど屋上から見ていた滑走路からストップすることなく加速。それなりにGを感じつつ、テイクオフ。アナウンスが始まり、YS-11の性能が簡単に紹介される。高度4000m、対気速度450km/hだそうで。そういえば、この対気速度、やはりピトー管を使って測定しているのだろうか^^;。伊丹をぐるっと旋回して、どんどん景気がミニチュア化していく。ベルトサインが消えるまではすることがないので、機内誌を読んでこれからのルートを確認しておく。そのうち、安定飛行に移るとCAがJACのルートマップを配り始めた。座っている座席がプロペラの隣で、主翼にじゃまされせっかくのYS-11の景色がみえないので、2Aに移動させていただく。そして、そのルートマップをみる。それによると、松本へは伊勢湾上空から河和VORTACを通過して木曽谷または伊那谷上空を通過していくというもの。しかし、海の上に出る気配はなく、どうもショートカットしている様子。東海北陸道の一宮JCTが見えたりする。そのうち、名古屋上空に達したとのアナウンス。それから中津川に向かって飛び始める。このあたりはあきれるくらいゴルフ場が多い。木曽川にそって北へと向けていく。右手には中央アルプス、左手には北アルプスが聳える。御岳も確認して、CAの放送によって「富士山が右手に見える」という案内がある。いつも見えるのか知らないが、反対側の窓から富士山を望むことができた。考えてみれば、富士山を見るのも久しぶりだ。観光案内ではないが、結構、機窓(?)の説明があるのには感心する。観光客が多いからだろうか。特急伊那路みたいだ。

万博公園 YS-11から見る、万博記念公園。「太陽の塔」も見える。

濃尾平野 上から、揖斐川、長良川、木曽川。

一宮付近 一宮付近。画面左を縦に走るのが名神高速。下に一宮インター、その上が一宮JCT。

富士山 窓から見える富士山。富士山の手前は南アルプス。

県立こども病院 長野県立こども病院。機体はすでにグライドスロープの上。

そのうち、ベルトサインが点灯し、中央アルプスが末端となり、眼下に平野が開けてきた。まもなくMMJである。反対側の窓からは八ヶ岳が遠くに望め、右側前方には山頂がうっすら白くなった北アルプスが見える。高度がぐんぐん下がってきて、MMJの上空を通過。長野道と併走し、豊科インターをすぎたあたりで旋回。ここから進入となる。左手にはっきりと県立こども病院が確認でき、グランドで野球をしている人たちがこちらの飛行機を見ているのをみながら、滑走路が見えてくる。そして無事着陸。ぐぐっとブレーキがかかってそのままエプロンへ。

YS-11 今回乗った、YS-11。JA8717。

○松本空港

完全に停止すると、エンジンが停止。タラップが自動で降り、順に降機する。到着ロビーで荷物が出てくるのを待つ。松本空港といっても一人前の空港だ。ベルトコンベヤー完備。やがて荷物が出てきたところで、ロビーを後にする。すぐに空港連絡バスが出るのだが、ここは一つ展望デッキに出てみたいというのもあり、次の路線バスに乗ることにする。そういえばMMJの展望デッキは入場料がいるんだった。大人100円だって。こんなところで金を徴収しなくても、無料の駐車場を有料にすれば、もっと収入が得られるような気がするが。

展望デッキにはビデオ持参の家族連れが数組来ていた。ビデオといっても、父親が航空機ファンで、撮影対象は飛行機らしいが。先ほど乗ってきた機体はすぐに折り返し伊丹行きとなるが、その出発を待つとバスが1時間以上ない。飛行機が飛んでこない空港に1時間はきついので、仕方なく1階に降りてバスを待つ。やがて松本電鉄の路線バスが到着。おばあさんが一人乗っているだけだった。しかし、松本駅に着くまで乗客はかなり増え、席は大方埋まった。

○松本市は発展しているか

結局、実家に帰るバスに乗るには2時間以上も間がある。とりあえず、カウンターでチケットをおさえる。指定座席は7B。かなり混んでいるらしい。と、一応確実に帰れる保証ができたので、隣のモスでオレンジジュースを飲んで時間をつぶす。この2時間はもちろん知っていたので、時間つぶしになるモノをあらかじめ用意してきてはある。しかし粘って40分。さすがに飽きたのでモスを後にし、駅前をぶらつく。1年ぶりの松本市だが、駅前にドトールを発見。記憶がないからここ1年でできたのかな?去年よったマックはかなり混んでいたので、さらに歩いていると、もう一見ドトールを発見。そこで1時間粘ったすえ、バスの時刻が近づいたので再び駅へ向かう。松本駅のトイレに立ち寄ったら、新型のあずさがホームに停車していた。新型が登場するのはなかなかよいけれど、前の183、189系のあずさが淘汰されてしまうと思うと、なんともな気持ちになる。生まれて初めて乗った特急も189系のあずさだった。

そう考えると、新幹線の通じた長野に引けを取らず、松本もなかなか発展の様相を見せている。長野県未登場のスタバもひょっとしたら松本にできるのではないかと考えてしまう。

○久々の松本電鉄高速バス

バスターミナルへ向かうと、高山行き、新宿行きが発車した後、飯田行きが入ってきた。飯田で花火があがるらしいが、それを見に出かける家族連れが多い。飯田までは1時間強なのだが、それでも家族連れは何か食べて行くらしい。その後、渋滞もなく順調にバスは南信に到着した。

 

翌日へ

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