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春の旅行2日目 福岡・山口編 2002/03/01

 

○無事フェリー着岸

一杯飲んだおかげでうつろうつろして、そのまま就寝。船の振動で、夜中何度か目を覚まし、窓の外をみる。四国の灯台の明かりが後ろに流れていく他は、何もない闇の世界。520振動に慣れてきた頃、アナウンスとともに起床タイム。放送では、濃霧のために九州道が一部で通行止めになっているという案内などもあり、やはりフェリーだと感じる。部屋のテレビは山口県の天気予報を映し出している。その後全国の天気。どうやら、今日主に移動する、山口、札幌ともに天気はよさそうである。

荷物をまとめて、ロビーへ出る。早朝なのだが、夜行列車で朝を迎えたような気だるさがさほど無くてよい。外には、九州が見える。初めての九州でこれもなかなかわくわくするもの。列車でも、飛行機でもなく、船で初上陸というのが自分でも予想外。610定刻に左舷側に接岸し、ボーディングブリッジが繋がれ、一斉に下船。新門司港は名門大洋フェリー独自の建物であり、1階の玄関には、無料送迎バスが止まっていた。他の交通機関と港が離れているため、JRの門司駅と小倉駅を結んでいる。自分もこのバスで門司駅へと向かう。

座席が大方埋まったところでバス出発。車内では、懐かしい人に久々にあったというようなあいさつがチラホラと聞こえる。バスは九州道の下をくぐり、あっという間に門司駅に到着した。625。とりあえず、今日から通用予定の青春18きっぷを買う。POS端末がJR九州オリジナルの型で、マルスのMR20型のようでMR20型でない。JR東のMEM型のようでMEM型でもない。発行は、[九]門司駅POS1 となってでてきた。自動改札非対応を示す、(X)の記号が入っていないが、後の券面はマルスで出したときと一緒。「今日から使うの?」と聞かれたので、そうだと言うと、日付印を入れられた。これが、普通の日付印で残念。あとから改札で入れてもらえば良かった…。他には、名古屋で使うためのオレンジカードを購入。早く在庫を処分したいであろう、GLAYのカードを選んでみた。

さて、バスがもう少し時間がかかるはずだったのが、実際のトコロ早く着きすぎた。予定では直接山口にいくことにしていたのだが、時刻表を見てみると、日豊本線の始点である、門司港まで往復できることが分かった。早速ホームへ行き、列車を待つ。641門司発。

○九州でしたこと

なんの変哲もない線路を数分。門司港に着いた。ホームの屋根が木製である。さびた線路が残してあったり、しろいかもめの車両があったりと変化に富んでいる。ホームは低い。改札をでると、その立派な駅舎に感嘆する。トンネルが出来る前は、紛れもなくここが九州の玄関口だったのである。駅前の建物は日本郵船の古いビルだったり、直ぐ脇は海だったり。海の近くまで歩いてみると、直ぐそこは関門橋と本州が見える。九州と本州はこんなにも近いのか。と再認識。

それから、再び駅へ戻り、折り返しの704に乗る。通勤時間帯の始まりということで、編成も長く、人もたくさん乗っていた。つばめ3号が発車した後、704南福岡行き発車。718に門司に再び到着。

電車までは時間があったので、駅前にあるポプラというコンビニでレシート確保。このポプラ、高校時代に山陰に行ったとき初めてみて、いつかよってみたいと思っていたコンビニである。店内は半分が書店といった感じで、あと、ポプラのコンビニ弁当は、その場でご飯を詰めてくれるのだそう。このポプラはFC店だったので、全ての店がそうであるのかは知らない。その後、山陰に同行していたIΣЯに早速メールを出す。

○本州再上陸

ホームで列車を待っていると、遅れの案内が。濃霧で徐行運転をしていたらしく、数分遅れているようだ。結局、数分遅れて門司を発車した。関門トンネルをあっという間に抜け、下関に到着。列車は高校生で満員になった。高校生は入れ替わり立ち替わりで、結局小野田までは空かなかった。隣に座っていたおじさんが、キップを僕に見せながら、「目出は小野田で乗り換えでいい?」と訊いてきた。実際このあたりのローカルな駅名は知らないが、キップの経由欄が、「山陽・小野田線」となっていたので、「そうですね。」と返答して置いた。僕はそんなことより、遅れているこの列車が小野田で接続する列車に間に合うかが心配だ。まぁ、大丈夫だろうが。

小野田には828着。 乗り継ぎの列車の発車時刻になっているが、車内放送では接続すると言っているし、まぁ、大丈夫なはず。跨線橋を渡り、小野田線の2両編成に乗る。これも高校生で一杯。高校生で一杯なのはイイが、野球部の部員だけは日本全国どこに行っても同じである。画一的っつうか、なんつうか。2分遅れの830発車。

○宇部周辺乗りつぶし

小野田線を潰すとき、問題なのが、雀田から長門本山までの盲腸部分だ。朝と昼過ぎしか列車が出ておらず、今回乗る予定の903発を過ごすと、次は13時台までない。今回、山口で献血をと考えていたが、この小野田線のおかげで時間がとれなくなってしまったのだ。846に雀田で下車。盲腸線部分を乗るべくホームを見ると、なんかレトロなのが止まっている。どうやら、こいつに乗るらしい。駅の案内版によると、クモハ42っつうおじいさん列車で、昭和8年の日車製とのこと。車内は独特のにおいがする。木の床、ニスの塗られた背もたれ、柱。なぜこんなのが残ったかというと、両運転台だからってことらしいが、普通に使われているとは。丁度一年前、クモハ42006が廃車となり、残るはこのクモハ42001だけらしい。

駅前の踏切が鳴り始めると、運転手が乗車してきた。903定刻発。乗客は3人。僕と、地元のおねえさん、それと、18きっぷで乗り歩いていると思われる、旅好きそうなおばちゃん。クモハ42は揺れる揺れる。さすが昭和8年製造だ。アタリマエだが、908定刻に長門本山着。周囲を散策っていっても何もない感じ。直ぐに折り返しの時間を迎える。復路は例のおばちゃんと僕の2人。実質的な旅客収入はゼロに近いだろう。920に雀田に到着。

駅前には簡易がありそうな雰囲気だったが、見あたらず、山口東京理科大が代わり(?)にあるらしい。すでに暖かくなった日差しの下、ホームでまったりと電車を待つ。そのうち、先ほど乗ってきたクモハ42は回送されていってしまった。どうせ居能までは行くんだから乗せてってくれれば良いのに。雀田の入場券を所望しようと思ったが、窓口でキップを買った人をみると、ぺらぺらのキップを持っている。窓口を遠くに覗いてみると、車補からキップを出して売っていた。よって入場券は出せないだろうので訊くのもやめておいた。5,6人集まったところで電車が来、938雀田発。

座席は殆どが埋まっている状態で、車端部に立っていくことになった。居能では、先ほどのクモハ42が待避していた。950宇部新川着。12分で折り返すのだが、ここには駅前局があるため、訪問。宇部新川駅前郵便局(55338)にて、山口県初貯金。駅に再び戻り、1002の電車を待つ。これは宇部行き。

宇部では駅前に出て、写真を撮った後、直ぐにホームへ行く。一応、宇部駅前郵便局というのがあるのだが、駅前を名乗っているにも関わらず、500mほど歩かねばならず、断念。こういうのって結構あるのだが、是非改称を希望する。朝から何も食べておらず、昼近くになってそれなりに空腹を感じるが、小郡で何か仕入れようということで、駅そばは我慢しておく。しかし、ホームに行ってみたところで、なんと15分の遅れという放送。ひどい。が、仕方がない。

手持ちぶさたにすでに使われることのない広い構内を眺めていると、14分遅れで列車は入ってきた。結局、1105に小郡に着いた。当日割引のホテルを予約するのが先で、ホームの公衆電話にカードを差し込むと、かなりのノイズが入る。電話機が壊れているみたいだ。仕方ないので、携帯から発信。こちらの名前が上手く伝わったかどうかが微妙なトコロだったのだが、電話番号を伝えて置いたのでいざとなったらそれで照合してもらえばイイや。ということで、1112の宇部線に乗り込む。一応、ボックス席を確保。

発車間際に大方の席は埋まった。長閑な風景の中を列車はすすむ。こういうところで、車窓に簡易郵便局を発見すると非常に勿体なく、悔しい気持ちになるモノだが、今回もご多分に漏れず、丸尾の駅前に農協内簡易を発見した。途中下車していると確実に間に合わないので指をくわえて見送る(笑)。

山口宇部空港の位置を確認し、さらに宇部岬から歩いていける距離であることも確認し、これからの日程を再確認。1157に宇部新川に到着し、宇部線完乗。宇部の駅前をまっすぐ行き、途中の宇部信用金庫西支店でDL。当然だが、私の地元の信金のカードを利用。その後、直ぐに宇部西本町郵便局(55245)を発見し、郵貯。そして、5000円の定額小為替を降りだそうと思ったら、どうやら認め印がいるとかどうとか。仕方なく断念か?と思ったら、局員のご厚意(っていいのか?)で、拇印で代用しても良いということになった。そういうわけで、5000円は無事払い出されたわけだが、控えを渡してもらわなかった。というわけで、かなり怪しい取り扱いだったらしい。こちらのことを考えての取り扱いだったと思うから、それ以上は深追いしない。

駅までいったん戻り、宇部線沿いの広い道を隣の琴芝まで歩くことにしてある。非常に暖かいのでうっすらと汗をかきながら、ここが山口であるということを満喫。途中には全日空ホテルがあった。空港あるところに全日空ホテルあり。踏切を渡って、狭い路地を行ったところに琴芝駅。その前に宇部琴芝郵便局(55330)を発見。予定通り貯金をし、某諸氏にだすハガキに風景印を捺そうと思ったら、風景印は無いとのこと。その後駅へ。自販機でジュースを飲む。窓口は、なにやらやりとりをしているので、それがあくのをまって、あいたところでフェスタのオレンジカードを購入。かなり親切というか愛想の良い駅員の方だった。JR西日本への僕の評価がまた上がる。

○超割でフライト

1254琴芝発。車内は高校生でいっぱい。1300頃宇部岬着。高校生と一緒になって下車。直ぐに、宇部岬郵便局(55184)を見つけ、貯金。ここにも風景印は無かった。あー。後は適当な電車も無いし、山口宇部空港は直ぐそこなので歩いていくことになった。空港へ向かう広い道をひたひたと歩き、遠くに漸く管制塔が見えるようになる。結構大きな空港か?と思ったのもつかの間。確かに国際線ロビーまであるのだが…。

実際には現在国際線は就航しておらず、国際線ロビーは薄暗い中何かのギャラリーになっていた。淋しいわ。こりゃ。ちなみに、山口県のホームページによると、ここは旧ターミナルビルっていうことで、国際線に関しては何も触れられていないのだが、薄暗いロビーの中には、確かに「国際線 International」のカウンターがあった。

現在ANAでは、自動チェックイン機か航空券自動発売機で発券した乗客50人に一人、キャッシュバックキャンペーンをしている。一応、チケットレス決済をしてあるのだが、山口宇部には自動チェックイン機が存在するかどうか心配だった。現実には、それぞれ2台づつあり、意気込んでマイレージカードを挿入。自動チェックイン機でも、航空保安に関する3つの質問が出され、それに答えるシステムになっていた。そして出てきたのは普通の航空券。残念。発着案内は残席僅かとのことだったが、今日の便は団体サンが乗るようで、その為かと思う。すでに、数ヶ月後にはこの便は廃止になることが決まっているそうだ。預入の荷物をX線に通す。丁度一年前は預入にこんな手間はかからなかったのだが、例のテロの影響から、今回はX線で検査した後、CHECKタグで封印されて、カウンターに出すことになっているようだ。預入時点での重量は9kg。結構重いな…。

トザキに先ほどメールを出したが、「フグ食べた?」とのことだったので、実家にそれ系のモノを送っておく。空港の売店は確実にそこの名物が手に入ってなかなか便利。品自体はそんなに高くなかったけど、送料が結構かかった。売店のおばちゃんは相当暇だったようで、少し話をしたり。

身体チェックはいつもの通り。航空券をだして名前を訊かれ、OKと。ブザーが鳴ることもなく、出発待合室へ。ブリッジは1つしかなく、また、現在の手続きは全部千歳行きのモノだったので、ロビーに居る人は全員北海道へ行く人達だ。そのうち搭乗が始まり、自動改札に航空券を通し、機内へと入る。窓側の席を予約しており、さらに1通路のA320だったので早いところ乗りたかったのだが、結局最後の方となってしまった。座席は7F。まもなく動き出し、ライフベストの実演がなされながら、滑走路へと進む。配置上、7Fの窓からは滑走路の番号が読みとれ、25滑走路からの離陸であることが分かる。それと、機材はJA8390(ってこいつはANK塗装なはずだぞ。気づかなかっただけか、それともレジを読み間違えたか?)。そして間髪入れず離陸。

直ぐに下界は見えなくなった。新聞と、機内誌を読みながら過ごす。結構雲が出ているようで、なかなかベルトサインは消えなかった。下界は雲で覆われており、何処を飛んでいるのかイマイチ分からなかったが、標準コースでは、UBJ-IWC(玖珂)-V54-JEC(美保)-Y14-NI(佐渡)-Y19-NAMMY-Y19-MRE(青森)-V13-NASEL-CTS が選ばれることになっている。 東北に入ってからは雲も晴れて、7Fの窓からは丁度鳥海山が見える。このころ、機長アナウンスが入り、右手に鳥海山が見えること、現在、気流は安定しており、850km/h、10060mで巡航していること、あとは、航空保安検査への御礼などがその内容だった。

○1年ぶり北海道

01Rに着陸し、そのまま01Lをまたいで1610定刻に千歳に到着。北海道は寒いかな。とも思ったが、それほどでもなさそう。去年来たときよりは、雪が格段に少ない。迷いながら郵便局を探し、DLと風景印。そのまま、快速エアポート167号で札幌へ向かう。空港輸送という点で、JR北海道は全て快速である。これは非常に評価できること。札幌に到着すると、直ぐにトザキに電話。直ぐに落ち合うことができ、荷物をロッカーにぶち込んで、とりあえず「みちのくフリーきっぷ」を手に入れるためにみどりの窓口へ。これは問題なく発券された。更に、行きの急行はまなすのカーペットカー。一応ダメもとで発信してもらうと、なんと上段が取れてしまった。キャンセルが出たらしい。ちなみにさすがJR北海道。カーペットカーはあっという間に発券してもらえた。

そして、スタバへ行き、タンブラーとマグと豆を購入。コレは実家へ直ぐに送る。豆をひいてもらっている間、CODの試飲。確かスマトラだったと思うが、おいしく頂いた。トザキには申し訳ないが、もうちょっとつきあってもらって、キオスクでワインを購入。さらにそれを札幌中央郵便局まで運んで、郵パックで発送。「まだ郵便局やってるの?」というトザキの問いだったが、殆どの中央郵便局なら、郵便物の引き受けは24時間やってもらえる筈だ。ゆうパックの袋を購入して、荷造り。そしてタグを記入。重さはどうだったか知らないが、ここには10枚のシールが貼られたゆうパックカードがある。どんなに重くても無料だ。後から調べてみると、だいたい1200円前後だからかなりのトクだった。ゆうパックカードは364日前の帯広で作ったもの。丁度1年で11回ゆうパックを利用したことになる。郵便料金の欄には、「特別料金」のゴム印が捺された。

そして、お待ちかね夕食。殆どをトザキにお任せしてあるのだが、今回は「とりの介」というところ。カウンターの隅に陣取り、祝杯(なんの?)。何とも良いのが、お通しのキャベツ食べ放題。もちろん食べまくった。今回は主に旅行の話しをしたのだが、時刻表はコインロッカーの中だったので、余り具体的な話ができず。とりあえず、18きっぷで実家に帰りたいというトザキと、フェリーを勧める私。フェリーの風呂に入った話をすると、フェリーもまんざらでは無いようだった。他にも、共通の話題である、ネット関連の話しやらそんなことをしているウチに結構お酒も進んでお腹もいっぱい。さらに、大部分をトザキに奢ってもらうことになり、感謝多謝。

場所を札幌駅のDCSに移して、引き続きそんな話しを。今年は雪が少ないね。なんて話しているが、どうやら明日は雪らしいという話し。山線で雪が降るとまた厄介カモ。本日の私のチェックインは、23時以降で無ければいけないので、それまではインターネットカフェで過ごすことにしている。そういうわけで、トザキとともに地下鉄南北線のホームへ。彼は南北線沿線に住んでいる。ウィズユーカードを新しく買い、厄介な(?)札幌の自動改札に投入。ふと見つけたのが、ICカードリーダ。まるでSuicaのようだった。これは何かと訊くと、トザキも知らないよう。一応写真だけ納めておく。

ゴムタイヤの地下鉄、さらに、This is the train.....の電光表示で、あぁ札幌だ。と思いながら、最後の話をして、途中でトザキと別れる。私は、北32条で下車し、昨年も立ち寄ったネットカフェを目指す。ネットカフェは健在で、1時間ほどここで過ごすことにしている。メールチェックや掲示板の書き込みなどをしているとあっという間に23時が迫った。

地下鉄で今度は中島公園まで南下し、セイコーマートで軽く買い物をして、ポイントカードのポイントを貯めておく。今夜の宿は、ホテルサンライト。当日予約で23時以降のチェックインなら3kで泊まれる非常にお得な宿。フロントで名前を言って検索してもらっても名前が出てこない様子。やっぱり上手く伝わってなかったのだ。電話番号で検索してもらおうとしたら、どうやら空室は多いらしく、新しい部屋を用意してくれることになった。翌日のこともあるので、ニュースと天気だけさっと見て、シャワーを浴びて寝た。

明日はいよいよ山線である。

 

翌日へ

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