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春の旅行3日目 函館本線編 2002/03/02

○いざ山線へ

545にセットした目覚ましにあわせて予定通り起床。NHKをつけると、札幌の気温が0.1度と報じている。昨年、最終日の朝は、札幌が-10度だったから、やはり今年は暖かい。615にチェックアウト。途中、セイコーマートで買い物したあと、南北線の中島公園駅から地下鉄へ。全然混んでいなかった。あたりまえか。土曜日だし。札幌で下車。

札幌の駅は、さすがに道内各地へのハブであるがゆえ、たくさんの人がいた。東口で18きっぷに改札を入れてもらい、1番線へ。小樽行き650に乗る。途中から雪が強くなってきたのだが、なんて事無く小樽に到着。一旦改札を出ると、外は結構な降り方となっていた。明日の夜に世話になるsilicaに土産を買う。私は、Kioskであんまんを購入。早めにホームに行くと、いかにも18きっぱーな人が並んでいた。どうやら、ボックスを確保できないらしい。雪がかなりふっていたので、エスカレータの風よけで待ち、754ころ入線したと同時に列車にのる。ロング部に座ることになった。それでもロング部の端だからまぁイイか。しかし、山線はかなり空いていると思ったのに…。つうか、山線を目的に来ている18きっぱーが多すぎ。

○山線には久々の…

どうも運転士の態度がよろしくない。国鉄かよ!みたいな感じだった。向かい側にも18きっぷの夫婦がいたのだが、記念に乗車整理票をと途中駅で取ったところ、運転士がそれに気づき、「なにやってるんだ!」と、奪い返したのだ。いや、もちろん、途中駅で整理票をとったのも悪いのだが(言うまでもなく、キセルが可能になる)、奪い取ったということろがかなり後味が悪い。その後、その奥さんはそのことについてずっとぶつぶつ言っていたが。

しかも、途中の駅で10分少々停車したのだが、ドアは開けっ放し。コレには呆れた。外は吹雪いているというのに。その運転士はさっさとホームに下りてたばこを吸っていた(吸い殻はホームへポイ)。まぁ、旧線である函館本線であるが、乗務員の態度まで、昔のままを引きずっているのね。(一応、JR北海道の名誉のために書いておきますが、JR北海道は丁寧に対応してくれる駅員の人が多いですよ。折り返しの若い運転手は、きちんとした感じで、長時間停車は半自動にしてたし、この後の札幌のみどりの窓口の方も、丁寧に応対してくれましたし。)

途中駅の黒松内。ここは、ブナの自生北限である。と思ったら、駅員の人が、直ぐに乗り込んできて、運転士と打ち合わせ。その後、地元の養護学校の生徒さんたちが乗り込んできて、乗客一人一人に手作りの壁掛けを配っていった。なんともローカルチックな話しとおもって、記憶に残る。列車は吹雪の中進んでいき、一応定刻に長万部に着く。

○予定変更で

旅行前の予定では、この後2時間の待ち合わせで、室蘭本線の方へ抜ける予定だった。が、折り返しの1206で戻れば、札幌でかなり余裕ができるということが分かった。よって、駅前のローソンへ。田舎でデビットを使うとどうなるかを試してみる。というと、いとも簡単にデビットを通してくれた。伝票の通し番号もかなり大きかった。これはちょっと意外。またもやあんまんを頂く。駅はたくさんの人がいた。この人が全て山線に行くのか、それとも北斗8号で函館の方に行くのか。ちょっと心配。

北斗8号と同じ時間に改札が始まる。さかさかと歩いて跨線橋の階段を上る。跨線橋ではかにめしを売っていた。こんな光景、北海道しかみられないって。長万部のかにめしは、ご飯の上に椎茸が3つ乗っているので、ちょっと気が引ける。今回は普通列車だからなおさらだ。時間的には昼なんだけど…。

○旅の出会い

列車が着くと、さっさと乗車。無事2人掛けのボックス(?)を確保した。もちろん、反対側は占領するつもりはなく、だれが来ても良いように荷物は網棚へ。時々、混雑している普通列車で荷物をおいて占領している人を見かけるけど、旅行者みんなのイメージを悪くしていることに気づいて欲しいモノです。発車間際になると、向かい側に、「ココ空いていますか?」と尋ねてくるおじさん。1206に発車した。

おじさんは、青森から小樽まで所用でいく途中とのこと。函館までは特急を使って、そこからは普通で来ているらしい。キップをみせてもらうと、JTB青森支店で発行された、函館本線経由のキップだった。特急使っても同じくらいの時間だし、学生の頃は、この山線しかなかったから、よく使ったモノだ。とのこと。結構思い入れがあるようだ。沿線の説明もしていただいたが、芸術家中心に名前を並べられたため、サッパリでした。本当なら、事前学習の必要性を痛感。

こちらも負けじと18きっぷで旅行中の事を話し、実際のキップも披露。「おぉ。」と感嘆されていた。話には訊いたことがあったが、実物を見るのは初めてだったらしい。学生のウチはこういうキップでゆっくり旅をしないとダメだなんていう意味のことを言われて、ちょっと嬉しい。とはいっても、明日からは特急三昧だけど。他にも、こちらが名古屋から来たことを伝えると、海山町の原発の話につながった。反対派の講演会に招かれていったそうだ。どうやらこのおじさんは学者らしい?、なーんて想像してみる。

他に、長野県の話し、ヨーロッパの鉄道の話し、振り子電車の話し、アイヌ語の地名の話しなど、多岐に渡る話で盛り上がった。いや、実に楽しい時間。途中、目名のあたりでおじさんはかぶりつきに行ってしまった。僕も目名は一度見ておきたい駅だったので、周囲を注視。

一昨年、有珠山が噴火した際に、室蘭本線が断絶された。そのときにこの山線が迂回線としてしばし、(本当の意味での)本線として復活したのだ。本線を室蘭線に奪われた後、ローカル線として使われてきた函館本線は、現在の輸送を全てまかなうのは無理だったのだ。その際、少しでも輸送力を増強するために、交換設備を増やすことが必要となり、1986年まで交換設備があった、この目名駅に、再び交換設備が作られることになったのだ。交換設備が完成する前に、有珠山の噴火は収束し、この交換設備が本当の目的で使われることはなかったが、撤去はされず、真新しい交換設備が残っているのだ。

所々で雪が強くなったり弱くなったりしたが、ニセコのあたりで時間変更の案内が。時刻表には乗っていなかったように思うが…。なにか臨時列車でも走るのかな。

○温泉へ

1510に小樽に到着。おじさんと別れて、向かいのホームに止まっていた快速エアポートへ。日本海を眺めるため、左側の席を取る。1515発。いかにも寒そうな景色が広がっていたが、思ったほど波は高くなかった。時刻表を眺めて、江別往復が余裕でできることを確認する。この列車に乗っていては、空港へ連れて行かれてしまうので、手稲で下車。ひたすら寒い中待った。1549に手稲発。ここで、札幌に回送されていくカシオペアと併走。なんともいい気分。

札幌から人がたくさん乗ったが、まぁ余裕。そのまま終点の江別まで。江別でおりるとものすごい雪だった。ここには、昨年の旅行の時にも立ち寄った。はまなす温泉がある。駅から近くて、しかも温泉銭湯。結構混んでいたが、お湯もややぬるめでイイ感じ。もうちょっと広ければ良いんだけど、まぁ、気にしない。サウナや電気風呂、ジェット風呂と狭いながらも設備は整っている。

で、外に出ると、閉口するほどの吹雪。ことしは暖かい北海道を見てきたが、ここだけは去年より冬らしい。頭を乾かさないで出てきたので、温泉の前の道ですでに頭がバリバリになった。髪が凍るのも久しぶりだ。なんて感心していると、なんか息苦しいくらいに風と雪。旅行バッグにも雪が積もっていくが、さすが北海道の雪だけあって、払えばおちるパウダースノー。視界も結構悪かったが、なんとか駅に到着。オレンジカードを買って、JR北海道の増収に貢献(?)。1728発のいしかりライナーに乗る。さっきの温泉で気づいたが、「あかすり」を持ってくるのを忘れていた。コレがないと身体を洗った気がしないので、市内で購入することにして、トザキにメールをだして、Loftの位置を教えてもらう。

○さようなら札幌

札幌に着くと、荷物をコインロッカーにぶち込んで、Loftに向かう。無事に「あかすりタオル」と購入し、その後はちょっとばかし歩いて、ヨドバシカメラへ。フィルムをデビットで買って、ポイントを貯める。名古屋にはヨドバシがないから、出先でしかポイントがたまんないけど、1000ポイントを超えていてびっくりした。2階のネット体験コーナでBBSにカキコ。その後、夕飯を探しに再び札幌駅へ。その前に、みどりの窓口へ出向き、帰りの指定券をゲット。まぁ、つかわんのだけど。

その後、ビックカメラなんかを見つけ、IPv6の体験コーナを見る。冷蔵庫とか電子レンジとかがIPを所有していた。ものすごい時代になるな。そのうち、電子レンジがクラックされた!とかでてきそう。すぐに厭きたので再び地下に潜り、ラーメン屋に入る。コーンラーメンを注文したら、みそではなく塩スープだった。あえてみそと指定すべきだったか…。そして、ネットカフェにいって、メールチェック。30分居座って、その後、ベスト電器のDCSで最後の暇つぶし。アメリカンコーヒーで、メモのまとめなどをする。2100閉店まで居座る。2158発であるので、西口で最後の時間確認をして、北口のサンクスで酒類を買うことに。酒がはいるとなんとなく良く眠れたりすることが、最近の旅行で分かってきた。込み合うサンクスで、ビールとつまみをゲット。再び札幌駅へ。

荷物をコインロッカーから引き出して、改札の方に行くと、いっしゅんテレビを観ているような錯覚になった。いや、今は札幌駅にいるのだ。なんとそこには、地球防衛軍のブラックとブルーが!いかにもなあのヘルメットをかぶり、服装はスーツだった。そして、極めつけ。ブルーの右手には、ハンディカムが!!料金表をみながらキップを買うところだったが、さて、こんな時間。夜行でもないかぎり、そう遠くへは行けないはず。一応、周囲を見回してスタッフがいないか探したが、見つからなかった。こっちも時間が迫っているのでホームへ向かう。

ホームには丁度ドラえもんペイントの機関車がはまなすを牽いてきたところだった。カーペットカーへ行くと、予定通り上段。うふふ。荷物を置いたところでホームへでて、実家に電話。もちろん電波/雷波少年を録っておいてもらうためだ。くだらないことで電話して、札幌にいるといったら、また呆れられた。

カーペットカーに戻ると、向かい側の席にもおじさんが乗ってきたところだった。旭川から来たそうで、札幌が雪だというので早めに用事を済ませて札幌に戻ってきたそうである。雪はなんてコトはなく、札幌駅には時間を潰すところがなくて困るという話だった。確かにそうである。カーペットカーに乗るのは初めてだそうで、おじさんは「寝台」と呼んでいた。指定券を買おうとしたら、寝台(カーペットカー)があるよと窓口氏に勧められたそうである。親切だなぁ。某社とは大違いだ。(w おじさんはカーペットカー大絶賛で、僕も二回目なんですよ〜と言いつつ、毛布と電気カーペット(毛布は敷き布団だと思っていたらしい)の使い方を伝授。

今の寝台は違うねぇとおっしゃっていた(そりゃ、B寝台じゃないからそうなんだけど)が、「連絡船みたいだな。」と言っていたのが非常に印象的だった。おじさんは下北の人だし、北海道へ行くとすれば連絡船がアタリマエの時代を過ごしていらっしゃったのは当然で、何気ない言葉だったと思うが、私のように連絡船を知らない世代では、確かに連絡船が通っていたということを認識する特別な言葉のような感じだった。

そうやって、おじさんと話していると、車掌が回ってきて、検札。そのうち、2158になり発車。モータが付いてないから静かでよいよい。ちょっと狭いが、これが急行料金+指定席料金で普通は乗れるんだからイイもんだ。消灯前に眠りについた。しかし、消灯と同時に、電気カーペットのスイッチが切れた…。低温やけど防止のためらしい…。

 

翌日へ

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