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スカイメイト使い納め 2002/08/27-28

○計画

スカイメイトが使えなくなるほど年を取ってしまった。というわけで、せっかくの半額なので、どこかに使い納めに行こうと考えていた。しかも、財政事情と時間的な都合により、飛行機は片道のみ、あとは18きっぷの端数。さらに、場所の設定は、夕方出発で翌日の夕方飛行機に乗れるような場所、さらにマイル積算の事情から、NH便が出ている空港があることが条件になった。

数日前から、インターネットで空席状況をチェック。一応、JD便と、近所の空港で、予備の路線を確保できるということで、空港は長崎空港(NGS)に決定。さらに、空席状況をにらみつつ、数日前から市内の金券ショップをめぐり、やっとのことで2回分の18きっぷを確保。

○いざ出発

予定より早くに準備が完了したので、予定より早くの電車に乗ることに。1740名古屋発の大垣行き。先頭車の一番前の列にならんだら、並んでいたサラリーマン4,5人が一気にかぶりつき席に着いたのには参った。東海道線は飛ばすし、線形もまっすぐだから、見ていて気持ちがいいんだが…。西岐阜を過ぎたところで、見慣れた列車2両とすれ違う。飯田線の主力、119系。所属が大垣になったとは聞いていたが。しかし、あの2両が名古屋を通過していくと考えると面白いな。

大垣に定刻に到着。20分の待ち合わせだが、大垣の駅前には、ロッテリアしかないので、おとなしくホームで待つ。名古屋から直で米原へ行く列車だったので、激混み。さらに117系という座席配置に一考を促したくなるような車両だったため、きつい姿勢で乗っていく。ただ、垂井で立ち席が無くなり、ボックスに座ることが出来、zzz。起きたらすでに米原だった。

○建築家原広司

米原ではすでに普通列車が入っていたが、後続の新快速が先に京都に着くというわけで、しばし待つ。ホームにはたくさんの蜘蛛の巣があり、良く見ると、何十匹という蜘蛛がうろうろしている。まぁ、小さいのでそれほどでも無いが。そんなこんなで列車が入線。座ることもでき、帰宅のラッシュほどでもない車内で、京都を目指す。途中駅では、乗客の入れ替わりが結構あった。京都駅に到着。久しぶり。

京都でまずすることは、明朝のキップをゲットすること。博多到着後、乗り換え時間が少ない、博多南線に乗り継ぐためだ。早速中央口のみどりの窓口へ。みどりの窓口では珍しい、順番待ちの札をとり、一番窓口に呼ばれる。ここで、博多−博多南の往復乗車券と、特定特急券を購入。全部あわせて580円。カードで払う。券種別にサインが必要のことなので、これだけの買い物で3枚ものサインをすることに。しかも、JR西日本はMR12ばかりなのはまぁ、イイが、京都の一番メインの窓口に、未だにMR2型がおかれているのには驚いた。受け取ったキップの発行窓口表記は、京都駅#1。

その次にすることは、京都タンブラーを入手すること。一時期、ものすごい品薄になっていた京都タンブラー。今回はあるのか?京都駅周辺には、地下街のPorta店しかないので、やや迷いながら、到着。そして、入り口脇にディスプレイされた京都タンブラーを発見!マグと一緒にめでたくゲット。

残りは、有名な京都駅構内をぶらぶらとすることに。延々と続くエスカレータに乗り継ぎ、京都駅を堪能。1階のコンコースが遙か下にみえるようになったら屋上に到着。いつのまにやら天井がなくなって、空がみえるようになっていた。結構写真をとっている人がいた。そんなに時間も無いし、三脚ももっておらず、まともな写真が撮れそうもなかったので、退散。夕食を探して新幹線改札のほうへ行く。すると、JR東海の窓口などがあり、そこにあったのはベルマート!しかも、名古屋駅とかにある狭いベルマートではなく、かなりの広さの標準的なコンビニだった。おまけに24時間営業。ここで、夜行のお供、ビールとおつまみ、そして、おにぎりを購入。

京都駅屋上から1階を見下ろす

○快速ムーンライト九州

再び、ホームに行く。時刻表では2100に入線するとのこと。しかし、それらしき列車は、まだ側線に入っていたり。しかも、電光板にはまだ順番が回ってきていないため、どのホームから出るかすら分からない。立ち食いのそば屋で、ざるそばを食べる。250円。破格だった。揚げ玉入れ放題だったので、あったかいのにすれば良かったと思いながら、そばをすする。そのうち、側線に入っていたそれとおぼしき列車が動き出し、ホームに入線するような気配をみせた。そして、案内放送が入り、ホームが判明。すかさず乗り込む。

こいつで、いざ九州へ。音が割れんばかりのチャイムと車内放送。おにぎりとビールを飲んで、寝ようとするが、減灯されないので、いっこうに眠れない。結局、減灯されたのは、神戸を発車してから。岡山からも意外と人が乗ってきて、車内は満員だった。陸路で広島県に入るのは初めて。まぁ、寝ていた+通過だが、これで一応、本州全都府県を訪れたことになる。いや、立ち入ったと言った方が正しいが。

厚狭の到着案内。夜行列車では、おはようございますの後に、現在の運行状況が放送されるのが通例だが、今日の案内は、「現在、約6分遅れて運転中です。」だった。夜は、貨物優先な感があるからなぁ。実際、特急貨物の待ち合わせで運転停車してるみたいだったし。厚狭発車後、下関到着前に、車内が全灯となった。

下関では、関門海峡用に機関車の付け替えがある。従って8分ほど停車。下りて見に行く気力はナッシング。ホームに飲みものを買いに行く人は多かった。そして、程なく関門海峡を潜って、2度目の九州に上陸。門司でも機関車の付け替え。各所で特急の通過待ちやら、客扱い停車をしながら博多に到着。何故か2分も早着となった。

○最後の0系か

そして、新幹線改札から、博多南線に乗るべく新幹線ホームへ。自動改札ではない新幹線乗り換え改札を抜けると、そこに止まっていたのは0系だった。もう0系には乗ることは無いだろうと思っていたので、うれしい誤算となったわけだが、6両編成。まぁ、仕方がないか。1両目に乗ったら、他に人がいなかった。これも驚きだ。

0系新幹線。もちろん、内部は3列シートも回転するように改造済み。

10分ほどで博多南に到着。ホームにはすでに通勤客が並んでいた。さすが、回送路線にわざわざ駅を作っただけあり、需要はかなり多いようだ。自動券売機で帰りのキップを買う。特急列車なので、言うまでもなく18きっぷで乗車することはできない。特急券を買わねばと思っていると、なんと「博多」のボタンには特急券料金までもが含まれており、余分に特定特急券を買うことになってしまった。改札はJR九州の駅員だったが、キップの地紋がWとなっていた。ちなみに、折り返しの列車は満席。デッキに立っていく。

右から、100系、700系、500系、300系。で私が乗ってるのが0系。

遠くからみたところ。

○スタバと郵便局

博多では、そこそこ乗り換え時間があるので、スタバに行き、福岡マグを買う。ホテルの1階に入っていたスタバは、結構混んでいた。栄のスタバは朝こんなに混んでいないぞ。

その後、金をDLしに、博多郵便局へ。時間的に、まだ旅行貯金の時間ではない。そして、駅前のam/pmにて朝食を買う。このam/pmはレジが5台もあった。今までに見たので4台が最高だったからこれは新記録。ここから筑肥線の姪浜までは、福岡市営地下鉄を使う。唐津まで直通の836発を待つ。来たときには、かなりの人が乗っていたが、次第に下りていき、唐人町でとどめを刺された感じで、車内は7,8人だけになった。筑肥線になってからは、完全にがらんとした車内。虹ノ松原とか、昔は、電車でたくさんの人が観光に来ていたんだろうと思わせるような沿線風景なのである。唐津に到着し、ホームを移動。西唐津行きに乗り換え。

○佐賀県内走破

西唐津行きもかなりガラガラだった。たった3分の乗車。西唐津からは適当な電車が無いため、唐津まで徒歩で行く。しかし、バスがあればそれでもイイと思い、駅前のバス停で時刻表を見ると、今回もご多分に漏れず、系統が分からないということとなり、バス断念。最寄りの郵便局を目指す。

郵便局の近くにいくと、駐車場の案内が見つかり、肝心の局が見あたらなかった。まぁ、直ぐに交差点の角にあったが。何はともあれ、九州初貯金は、唐津二夕子郵便局となる。ここでは、唐津市内の郵便局マップをもらえることに。なんでも、市内には14局あるらしい。このマップは、簡易まで載っているスグレものだが、時間の都合でもう一局くらいしか行くことができない。また次の機会にでも。国道202号沿いにあるいて、目出度く、唐津坊主町郵便局に辿り着く。どちらの局も、応対してくれた人が、僕とは微妙に違うアクセントで話す。

時間も丁度良くなったので、駅に向かって歩き出し、途中のファミリーマートで、KDDIの代行収納の支払いをしてから駅へ。唐津駅は、地方駅にしては、中に多くのテナントが入居していて、なかなか活気のある駅だった。さながら、会津若松駅みたい。

筑肥線の続きに乗るためにホームへ。1両でディーゼルが入ってきた。九州の人は、まずロング部に座る人が多い。謙虚なんだなぁ。私は、クロスにどかっと座ってしまいましたが。車内には、「…と〜」という、まさに博多弁が聞こえてきて、良い雰囲気。車窓も、やはりいままで見たことの無いような雰囲気を感じる。どう違うかっていわれると結構困るのだが、緑がそう濃くなくて、あと、平野と山が共存してる感じか?言ってみれば。それから、ワンマンの運転がいままで乗った中で一番浸透しているトコロに思えた。それもそのはず、運転士は、前部ドアから乗ってこようとする客に、後ろのドアから乗るように促していたり。

伊万里に到着。ここはものすごく小さな駅だった。とはいえ、駅舎は建設中。ここでも30分の持ち時間を利用して、伊万里郵便局を訪れる。ここも、集配局ながら昔の局舎のままで、郵便窓口と貯金窓口か完全分離となっているタイプだった。こんな構造、東北のどっかで見たな…。宮古だったっけ?局員サンは感じの良い方でした。言葉遣いもものすごく丁寧だったし。九州は感じのいい人が多いよ。

○「なんて長閑なとこなんだ…」

貯金が済むと、昼ご飯にローソンへ。適当に買い物をして、デビットで支払っておく。伊万里は焼き物の町と言うことなのだが、駅前にそれっぽいものは無い。そのまま松浦鉄道の伊万里駅へと向かう。といってもローソンの直ぐ裏。

駅にはKioskと松浦鉄道の小さな窓口があったが、どちらも昼休みを取っているようで閉まっていた。しかし、自動券売機は生きていたので、それで290円のキップ。とりあえずこいつでJRとの乗換駅有田まで行ける。私鉄にしては安い。イイ!しかも、何故か駅なのに静かだ。さらに、駅のベンチで仔猫が昼寝中…。ホームでローソンのおにぎりを食べてみる。駅の回りには直ぐに田んぼが広がっていて非常にマターリできる。正直、伊万里がこんな雰囲気を持っているとは思わなかった。まぁ、駅前を見ただけだけど、一般に駅前はその町の顔でもあるし。

昼寝中。

そのうち、列車が入ってきた。地元の人に続いて、列車の前から乗ったら、「後ろからのって〜」と運転士にいわれ、乗り直すハメに。私鉄だからといって甘く見ていた。昼飯を食べて眠くなったので、起きたら有田だった。ここで、再びJRに乗り換え。キップを運転士に渡して、乗り換え券を受け取る。

○献血ルーム西海

入ってきた列車は、JR九州独特のものだった。何系かは覚えていないけど。塗色、車内のデザインともに、国鉄では考えられなかったような感じになっている。乗る人に取っては落ち着かないように感じるのかもしれないが、結構こういうのは楽しい。車内も空いていて、面白い座席に座っていく。早岐で方向転換し、目指すは佐世保。だいたいが高校生だったが、それでも地元の人、ハウステンボス帰りのひとがいて、まもなく佐世保に到着。

持参したMapionを参考に、アーケードのある通りを目指す。目的地は、献血ルーム「西海」。アーケード通りは大須より広かった。人通りも多いアーケード街をあるくと、程なく献血ルームの入居した雑居ビルに到着。怪しげなエレベータに乗り込む。受付には先客はおらず、直ぐに抜いてもらえることを確認して、成分を申し出る。カウンターで問診を記入して、おくの診察室で待つように言われる。ロッカーは小さくて、荷物が入らないかと思った…。

ここでは、先に問診。おじいちゃんの先生から血圧を測ってもらう。前回もやや高めだったが、今回は正常値をマーク。わーい。そして、前の人の採血が終わるまで待つ。そしたら、前の人は乳ビで前検落ちしてしまっていた。原因は、直前に飲んだ牛乳らしい。常連さんのようだったが。

自分の結果のほうは、いつもながらグッド。ただ、「血漿」だという。あー、また血小板が少ないか…。と思ったが、アミカスが手持ちぶさたにしているところをみると、血小板の需要は満たされているらしい。結果、初めての採血機である、ウルトラライトPCSに当たった。さて、こいつの抜き具合はどうなのか。テレビは天井つり下げ式が3台。時間的にワイドショーで、ピーコがファッションチェックをしていた。脇のヘッドホンを装着して、採血開始。採血量は、500mlだという。結構抜くのね。4サイクルだったらキツイなぁ。と思いながらピーコを観る。

ちょうど向かい側は、アミカスが2台。左手には、おなじみCCSが数台。Multiもいたかな?しきりに「大丈夫ですか?」と聞かれたが、そんなに顔色が悪かったのか?どうってこと無かったけど。前方の電子レンジの上には、怪しげなぬいぐるみが立っていた。あれは何か?と尋ねると、その看護婦さんもしらなかったご様子で、別の看護婦さんに聞いていた。聞くトコロによると、バクスター社のC2という機械のぬいぐるみらしい。帰ってから、そのC2とやらの写真を見たが、似てねーよ。

けっか、3サイクルで採血終わり。針の目盛りがついた、面白いタイプの血圧計で血圧を測ってもらい、献血終了。待合室に戻ると、結構人が来ていた。金券は、図書券、音楽ギフト券、テレカ、食事券の中から選択。無難に図書券にしておく。リアルゴールドを2杯のんで、ルームを立ち去ることに。

その後、佐世保塩浜郵便局で郵貯。ファミリーマートでフィルムとウーロン茶を購入して、松浦鉄道の高架の海側を歩いていく。列車はすでに入ってきているだろうので、ホームへと上がっていったら、すでに座れないくらい満員となっていた。うーむ。

○日本初の海上空港へ

大村線。高校生がたくさん乗っていたのは、どこのローカル線も一緒。ただ、高校生の持っている定期が、「ハウステンボス」からとなっていてカッコイイ。ある意味話のネタになるな。窓からハウステンボスが見えなくなってくると、次第に雲行きが怪しくなり、雨が降り出した。遠くでは、雷がバンバン落ちているのが見える。これから船に乗ろうというのにこれは心配だ。

海上空港。

そして、まもなくすると大村に到着。日本初の海上空港である長崎空港へは、もちろん連絡バスがあるが、今回は高速船で行くことにしている。乗り場は若干駅から離れているのだが。駅前からは、しばらくアーケード通りが続いていて、雨でも心配はなさそうだった。幸運にも、雨はそれほど強くなく、傘をささなくても良い程度。

フェリー乗り場の脇にあるホテルのフロントで乗船券を買って、船に乗る。客は2人でやがて出港した。運転席が直ぐに見えたが、レーダを稼働させてそれなりにカッコイイ。空港までは本当に直ぐだった。雷も遠くにいってしまって、とりあえず船に落ちることは無さそうだった。

○最後のスカイメイト

長崎空港の船着き場から、空港ターミナルまでは、動く歩道が整備されている。と、そんなことをやってる暇はなく、さっさとANAの航空券自動発売機へ。このカードを使うのもこれが最後。スカイメイトを差し込んで、後は座席選択。しかし、「窓側」が全部中央部後部全部埋まっていて焦った。しかし、詳細選択画面でとりあえず、非常口脇の席を確保。いざというときには脱出のお手伝いをする席。チェックイン済み航空券すなわち搭乗券が出てきて、X線荷物検査へ。そんなに混んでいなくて安心。荷物は今回も重かった。

そして、2階で、実家と祖父母宅と研究室用のおみやげを買って、必要なものはクール発送。後は、屋上でまったりすることに。雷で一部便に遅れが出ているような事を言っていた。しかし、それほどひどいものではなく、折り返し便も少しの遅れで出発していくものが殆ど。

今回乗った737。レジを控え忘れた。

イイ時間になったので、戻って身体X線検査。あとは待合室で待つ。やがて呼ばれ、自動改札に航空券を差し込み、「ポーン」とエラー音が鳴って、スカイメイトであることが分かる。荷物を上に載せて、FAさんに言われたとおり、カメラバッグを抱えていよいよ離陸。同時発のJAS便よりも先の離陸となったようだ。32滑走路へ進入しようとすると、遠くから着陸機が入って来るのがみえる。と思ったら、やっぱり滑走路手前で待機。そして、着陸を待って、こっちが出発。

四国の上空あたりでもう真っ暗。何処を飛んでいるか分からない状況に。最終的に、名古屋高速の尾北線らしきものが見えたと思ったら、最終進入となり、16滑走路にランディング。名古屋空港は何度か使っているが、16滑走路からは初めて。

そして、名鉄バスで名古屋駅に戻って旅行は終了。スカイメイトありがとう。

翌日へ

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