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大陸横断鉄道の旅 1日目 〜アメリカ・カナダ入国〜 2003/02/20

○旅のはじめは徹夜明け

構想数年、計画4ヶ月の北アメリカ大陸を鉄道で横断しようという計画。ついに実行の日がやってきた。同行者はトザキ。私周辺の鉄な人の都合がみな合わず、彼に白羽の矢が立つことに。誘ったのが11月の終わり。快諾だったのには少々意外な感もあったけど、初めての海外なので、同行者ができたことは心強い。

前日は、卒業研究の発表の日。夕方から大学で、同期の人と研究室の先生と飲んだりしていたので、初めての海外にしては全然旅行の準備ができていなかった。というわけで、酒が残る体に気合いを入れて前日から徹夜で荷物をまとめる。旅行用品は日曜日に東急ハンズで一通りそろえておいたから、あとはパッキングだけ。いつものボストンバックに一通り詰める。520サブバックのトートバックと、ボストンバックを担いで自宅を出る。駅に行く途中の温度計は3度を示していた。それほど寒くはない。コンビニで緊急用のKDDIの国際電話用カードを買って駅へ。駅から、昨日札幌から既に千葉入りしているトザキにメールを入れておく。双方ともに起床していることを確認。

名古屋駅から空港までは、いつも通り空港バスを利用する。名鉄バスセンターの3階へ上がり、パノラマカードの使える自動券売機で870円分の券を購入。到着時に入線していたバスは既に立ち席が有るほどの混み具合だったので、1便送る。すると次のバスは余裕で座れた。名古屋高速に入ったところまでは覚えているが、その後はR41に下りるまで寝ていたらしい。

○旅のはじめは名古屋空港

国内線で下りる人は少なく、殆どが国際線ターミナルで下車。直ぐにエスカレーターで出発ロビーへ。JALの窓口は、荷物検査で長い行列ができていた。とりあえずチェックインだけ済ませるためにその列の最後尾へ付く。それでも、列の進行は結構早く、まもなく荷物検査が完了する。隅の方の空いているカウンターへ進み、航空券とパスポートを差し出してチェックイン。研修中のおねーちゃんだったが、JFKとLGAの乗り継ぎが微妙に分からなかったらしく、バックにいた上司の人に訊いていた。とりあえず、JFKまで荷物はスルーされる事が確定し、近くにあったマイルレコーダーでマイルの一応の登録。一応というのは、発券時に既に会員番号を伝えてあるため、レコーダを使わなくてもマイル積算はされるハズだったからだ。

4階に行って、胃薬と目薬を購入。普通なら、ドラッグストアで事前に買っておくべきものだったのだが、卒論の関係でその暇が無くかえなかったのだ。空港だと高いが致し方ない。2階でぶらぶらしていると、突然、研究室の某先輩に遭遇する。先輩はタイにいくそうで。こっちは成田経由でカナダに行くことを伝える。

先輩と別れた後、セキュリティチェック。特に問題は無し。出国審査、特に問題なし。パスポートに出国印が捺される。

○旅のはじめはエグゼクティブクラス

徹夜明けでいまいち頭がさえないが、これから成田経由で海外に脱出する人々とゲートが開くのを待つ。すでにこれから乗るB747-400はエプロンに入ってきている。はじめに、プライオリティゲストとか、お子さま連れのゲストが乗り込んだあと、一般客が搭乗開始。寒いボーディングブリッジを通り、機内へ。一瞬18Kという若い番号にとまどう。で、座席は2階のエグゼクティブクラス。1時間だけだが、徹夜明けの体にこのシートは嬉しい。とりあえず、安定飛行するまではどうしようもないので静かに待つことに。

903定刻。名古屋空港でのお決まりコースである34滑走路から離陸。短い飛行にも関わらず、機長アナウンスも有り。成田まで気象条件は良好なものの、成田付近でやや揺れる可能性有りとのこと。そのうち、ベルトサインが消えると飲み物サービスが来たので、スープを所望した後、後は、フルリクライニングさせフットレストまで使用して睡眠。

房総半島を南側から進入していき、少し早めと思われるベルトサイン。MAGICのフライトナビゲータがアジアの地図でこのフライトを表示しており笑える。957に34Lに着陸。名古屋空港の利用者としては、長すぎる程のタキシング。窓の外には、見慣れたJALやANA意外にたくさんのエアラインの機体が並んでおり、成田に来たことを感じさせる。飛行機は第2ターミナルのサテライト側に到着。シャトルでサテライトから本館への移動とのこと。JFK行きがA64から出発することを確認して、シャトル乗車。シャトルは座席は無いものの、乗降口が広く取ってありゴムタイヤでなかなかグッドな乗り心地。無人運転だし。

名古屋から成田まで 名古屋から成田まで乗ったJA8918

 

○旅のはじめはエンジントラブル

トザキからのメールによると、漸くチェックインが済んだとのこと。というわけで、出国審査で待つことはせずに、そのままA64で待つことに。成田の第二ターミナルは、3階が出発フロアとなっているが、待合室は2階にあり、待合室の天井が3階との吹き抜けになっている。開放感のある造りでよいよい。待合室は、いすに寝転がっている外国人+日本人が多数。そのうちトザキがやってくる。なんだかんだいって、旅行の打ち合わせをしたのは殆どメールで、電話したのはたったの1回だけ。顔を合わせるのは8月、飯田のドトール以来。

1130に一応の搭乗時刻を迎えるも、機体整備の都合で搭乗が遅れるとの放送。なるほど、機体をみるとエンジンのふたを開けてなにやらやっている。ちょっと遅れるかと思って身構える。そのうち、1145頃に搭乗開始となり、こりゃ余裕かとおもって2階席へ。何かと狭いエコノミークラスではあるが、3+3並びのエコノミークラス2階席。予定通り、個人用テレビMAGICが付いている。ベルトを締めて待っていると、いきなり機長から放送。出発時刻になっているが、第3エンジンの油圧系統に障害があり、部品を交換する必要があるため、1時間ほど遅延するとのこと。するとベルトサインが消え、JALのつなぎを着た整備士の人がコックピットに向かっていった。

飲み物サービスが始まったので、スープを選択。その後、CAが一番窓側に座っていた客に、あっちが空いてるから移るように促していた。わーい。これで、トザキと私で3列を占領できることとなり、快適な空の旅となりそうだ。ボーディングブリッジでは、携帯電話の使用ができますとのことで、機内では使わないように促す放送も。MAGICでテトリスをやっていると、再び機長から放送があり、修理が完了したのでこれから離陸するという放送とともに、ベルトサイン点灯。

プッシュバックが始まると、機長の名前紹介とかが始まる。なんと、「機長は○○○と△△△、客室…」と言っていた。ダブルキャプテンというわけ。ダブルキャプテンの飛行機は初めて。後から考えると、監査飛行か何かだったのかもしれない。まぁ、乗客には関係のないことではあるが。離陸すると直ぐにおしぼりが配られ食事となる。2人とも魚をチョイス。飲み物はJALオリジナルという「スカイタイム」。キウイのドリンクでおいしく頂きました。その後、梅酒で無事の日本出国を乾杯。しかし、徹夜明けの体が辛いというので、その後睡眠へ。回りの人は、エアピローとか持ってきて万全なご様子だったが、こっちは寝不足だからそんなんなくても眠れるぜと思いきや、やっぱり辛い姿勢で寝ることに。

起きるとそこはアラスカの上空あたり。まもなく、デニッシュの配布が始まる。洋梨とハンバーグからチョイスできるようになっていたらしいが、2階席用の洋梨は大人気らしくウチらの席に回ってきた段階で残り1つとなっていた。トザキは洋梨をチョイスしたかったらしく、私がハンバーグをチョイスしたらなにやら恐縮していたが、私ははじめからハンバーグのつもりでありました。飲み物はスープ。いい加減スープも厭きた。この旅行3杯目だもんな。

3人掛けを2人で使えると、中央の席を空けて荷物置き場にし、さらにMAGICでナビゲーションマップをつけっぱにできるので何かと都合がよい。テトリスをしながらいま何処を飛んでいるのかチェックできたりするのだ。また寝たり起きたりとぐっすり眠れないような状況が続き、朝メシの時間となる。朝飯は、シナモンのクレープ。これが結構旨かった。甘いの大好き。しかも、飲み物はスプライト。缶ごとくれたのでそれだけでお腹いっぱい。その後、当分飲めないであろう日本茶で締めておき、まもなくベルトサイン。

着陸は31L滑走路だったが、これがものすごくうまい着陸でびっくりした。いままで乗った飛行機のなかで最高の着陸だったような気がする。さすがダブルキャプテン。

ドア横の名札入れで機材がJA8913であることをチェックし、降機。ここはもうアメリカの地。隣はコリアンエアー。

○凹む2人

エスカレータで入国ロビーへ。U.S. Residenceとそうでない人たちの列があり、私らはもちろん後者の列へ。丁度、前述のコリアンエアーの到着と被ったため、長い列ができている。U.S.Residenceの列はすらすら〜と進んでいくのに、こっちは全然進んでいかない。そのうち、USの方は空っぽになり、外国人もUSの方に順に通されるようになった。不機嫌そうなねぇちゃん審査官の列に並ばされ、いろいろ訊かれたらイヤだなーと思い自分の番に。

あらかじめ想定していたイミグレのやりとり

審査官: 「アンタの入国目的は?」

sky-d: 「サイトシーイングだ」

審査官: 「ようこそ合衆国へ。」

sky-d: 「サンキュー」

実際のやりとり

審査官: 「…」

sky-d: 「…」

「ガシャン!ガシャン!」(スタンプを捺す音)

sky-d: 「サ…サンキュ…」

 

こんなんで良いのか…?まぁ、こっちとしてはラクで良かったんですが。…さらに、

I-94Wがステープルでとめられてない!

ただパスポートに挟んで突っ返されただけ…。なんかこれじゃ無くしちゃいそうだなぁ…。トザキはいろいろと訊かれたそうでした。ご愁傷さま。で、バゲージクレイムで荷物をピックアップ。税関のねーちゃんに申告書を提出して、荷物はこれだけだよと言って無事通過。到着ロビーへ。

いきなり外国人だらけで、少し参っているところで、バスの乗り場がいきなり分からないという罠。と、案内所で訊いてみると、そこの直ぐ前だといわれ、再び出てみると、パワフルなねーちゃんがいて、あんた達何処行くの?と訊いてきた。一応、ニューヨークエアポートサービスのジャケットを着ていたので、切符を購入。「グランドセントラルまで2人」とのことで、一人13USD。JRで使ってるような、車掌用の補充券発券機から切符をだしてくれた。5分まてと言う。そのうち、他にも日本人が来たりして、数人そろったところで、乗り場まで案内される。雪が降ったせいもあるかもしれないが、道行くクルマが全て汚い。おまけに、バスも汚いのがきた。この辺、日本人の感覚なのか?

○マンハッタン

まもなくして、バスが発車。JFKは広いのでいくつかターミナルを回っていく。そのとき、右側に突如として現れたスレンダーな機体。これがかの有名なコンコルドか!カメラを起動してなかったので写真を撮ることができなかったのだが、ブリティッシュエアウェイズのコンコルド。あまり乗りたいとは思わないけど。

最後のターミナルとおぼしき乗車口で、いかつい黒人の係員が乗ってきてチケット拝見。レシートのような乗車券を無造作に破り、レシート部分を返してきた。マンハッタンに入るには、トンネルを通るが、そのトンネルの料金所では、一般車とEZ Passをかかれた2種類のゲートが。おぉ、ここにもETCが!さて、アメリカのETCのお手並み拝見。バスにも無事機器が搭載されているようで、EZ Passのゲートへ進入?で、ゲートの前で殆ど停止状態のような低速に。これじゃ渋滞緩和にならないのでは?と思う。まぁ、ETC導入が渋滞緩和を目的にしているのかどうかは知らないけど。

マンハッタンに入ると、噂通りの渋滞。最初の停車駅に到着するも、運転手のアナウンスが早口すぎて聞き取れず。「ここがグランドセントラルか?」と訊くと、「そうだ、駅はあっちに歩いて行け」みたいなことを言われ、そそくさと降りる。降りたところに、エアポートサービスのチケットカウンターがあることを確認。グランドセントラルへと歩く。

グランドセントラル駅は、列車が主要な交通手段だった頃の面影を十分残した豪華な造りとなっていた。予定では、ここでコインロッカーに荷物をぶち込んでニューヨーク観光といくところだったのだが、肝心なコインロッカーが見あたらない。荷物お預かりみたいな案内があってその方向に行ってみると、「もうあずかってないよ〜」との貼り紙。その後、交番の警官に訊いてみると、そんなの無いよと言われる。コインロッカーの文化がもともと無い+荷物預かりはテロでやめちゃったというふうに理解する。

しゃあないので、でかい荷物を引きずってニューヨーク観光をすることに。地下に潜って券売機でデイパスを購入。これで乗り放題。とはいっても、それほど乗る予定はない。まず、トザキの希望でヲール街へ。いきなり私がのる電車を間違えて別の系統に乗ってしまうが、途中の駅で乗り換えれば問題なしということがわかり一安心。それにしても、NYの地下鉄は暗ったいし、外側に落書きはあるし、天井は低いし、ガラスは傷だらけだし、乗っている人はピアスだらけであまりいい気分では無かった。早く地上に出たかった。

車内放送というものが無いのでこれも参ったが、Wall St.で無事下車。NYSEを目指す。適当に歩いているとNYSE発見。結構観光客が集まっていた。警察もたくさんいたが、観光客と一緒に写真を撮ったりしており、あまり緊迫した感じは受けず。ただ、通りへの車両の進入は厳しく規制されていた。

ニューヨーク証券取引所 ニューヨーク証券取引所 この辺りは星条旗だらけだった。

その後、NASDACを探そうとおもったが、詳しい場所が分からないため断念。近くのグラウンド・ゼロへ行くことに。だいたいの感覚で歩いていくと、不自然は空間がビルの谷間に見える。あそこがグラウンド・ゼロか。近くのビルの建物の中には、星条旗がたくさん飾られている。団結せよということか。

グラウンド・ゼロにはたくさんの人が訪れていた。つい先日、見学サイトがまた閉められて、フェンスが現場より10メートルくらいバックしていたが、現場は十分にみることができた。実際の貿易センターをみたことがないので、ここに110階建てのツインタワーが聳えていたということは想像がつかない。しかし現実に、ここにあったビルに2年前の9月11日にテロによって破壊され、同時に数千人の人が亡くなったのだ。見学サイトには、WTCの歴史として、WTC建設前の写真、建設中の写真、オープンの写真がかけられていた。当時、テロによってこのビルが破壊されようとは、だれも想像していなかったに違いない。いや、テロの前日までそんなことを考えていた人はいなかったはずだ。瓦礫の鉄骨の一部で造られたという十字架が、ここで起こった出来事の象徴となっている。

WTCサイトの前 WTC前の通り。たくさんの人が訪れていた。

Never Forget WTCの瓦礫の鉄骨から造られたという十字架。

いろいろと考えさせられた後に、近所に私を引きつけるSTAPLESという店を発見。オフィス用品を売っているような店だったので、ここでステープルを買って、例のI-94Wをパスポートにとめたいと思ったのだ。店内は、プリンタやらマウスやらそういったOA用品の他に、文房具などもあり、ステープルも無事あった。ちょっと列になっていたが、ステープルを買う。

その後、少し迷って地下鉄の駅へ向かい、グランドセントラルへ戻ることに。またも、暗ったい地下鉄にのり、途中で乗り換える。ここの乗り換えは大阪の地下鉄並の距離があって萎えた。

グランドセントラルからは42nd St.を東にむかったところに、国連本部がある。残り少ない時間は国連の見学をすることにしたのだ。途中、信号待ちをしていると、日本語で声をかけてくるおばちゃん一人。2人以外とは久々に交わす日本語。おばちゃんは札幌から来たらしく、息子さんがNYにいて、孫が生まれるとのことでこっちに来ているとのこと。ブロードウェイのなんちゃらという劇場で、ミュージカルをみたり、セントラルパークを散策したり、美術館を巡ったりとパワフルで教養のあるおばちゃんのようだ。きっと英語もペラペラに違いない。国連を見に行くとのことで、ご一緒することに。

トザキとおばちゃんは札幌談義(?)で盛り上がっているようだが、私は仲間はずれ?そんなこんなででかいビルがそびえ立つ国連本部前の交差点に到着。おばちゃんが写真を撮ってくれるというので、収まる。その後、おばちゃんの写真もとってあげたりする。しかし3人ともなにか物足りなさを感じている…。それは、加盟国の旗が揚がっていないことだと気づくのに時間はかからなかった。これについてはおばちゃんも相当残念がっていた。まぁ、おいしいところだけつまみぐいしているような今回の旅行では致し方ないことか…。その後、ホテルまで歩いて帰るというおばちゃんと別れる。

エンジントラブルの影響でここの見学を削除したのだが、一応、一般見学者の入り口には行ってみることに。そこには3台のテレビ中継車がいたが、そのうちの1台はNHKのハイビジョン中継車だった。しかも他の2台は衛星回線を使っているようで、でっかいパラボラを上げていたのだが、NHKは有線回線を使っているようで、アンテナの類はなにも無かった。最近、国際中継では衛星回線を使わない傾向にあるなとは思っていたが、これは日本だけの流れだったのか。

我々もバスの時間になりそうだったので、グランドセントラルに戻ることにする。今来た道を再び引き返す。デイパスがあるため、バスで行くことも考えたが、バス停に列ができていたためそのまま歩いていくことに。グランドセントラルの地下の食べ物屋で食料を調達。ピタサンドみたいなのでたしか6USDもしたと思う。まぁ、値段相応で量もかなりのもの。ずしりとした重さがある。いまから思えばホットドッグを試しておくべきだった。その後、先にチェックしておいたエアポートサービスの窓口へ。国際学生証を提示して割引を受ける。元々10USDのところを6USDになっていたので、割引率は相当なものだ。窓口前の通りのバス停で待っていると、まもなくバスが到着。やっぱり汚い。乗る前に、「Which Airline?」とか訊かれて、おりるターミナルを言われる。一発で聞き取ることができなくてショボーン。バスはさっきの超低速ETCを通過したりして、あとはフリーウェイを爆走し、LGA空港に到着。一番初めのターミナルがアメリカン航空のターミナルだったので、間違えずに降りる。

○カナダ入国へ

さすがに国内線の空港だけあって、造りはJFKとかよりしょぼい。天井が低い。とはいっても、機能的な造りといえばそれまで。建物自体は結構昔のものらしい。それほど古さは感じさせないが。どのカウンターに並んでよいか分からず、係りのお兄ちゃんが教えてくれる。さすがにフラッグキャリアだけあって、対応は至って丁寧。JALで発見された航空券を差し出して、航空券を出してもらう。ここで、I-94Wを回収されると困るのだが、そこんところもちゃんと訊いてくれて、「またU.S.に戻ってくんの?」と訊かれて「いぇす」と答えておく。今回の旅程では、カナダ入国後、再びナイアガラ(のアメリカ側)とシアトルに行く予定で、I-94Wを回収されるとまずいのだ。荷物はカウンター内のベルトコンベアーに乗せられず、ポーターのおねぇちゃんがきて、直ぐ脇のセキュリティ検査に運んでくれた。訳の分からぬまま荷物は預けられ、我々は、搭乗ゲートへ。セキュリティチェックはなんだかものすごく狭い廊下に、いかにも後から設置しましたというようなレーンが縦列に並べられていた。そのうちの一つに入り、怖そうな人達がやってるかと思いきや、結構フレンドリーな人達であった。ここでは、上着を脱ぐように言われる。上着のポケットには小銭がジャラジャラしているので、この方がラクだ。もちろん、怪しいものは持っていないのですんなりパス。

搭乗ゲートでは、先に出発する便がまだ出ていなかったので、結構混雑していた。待合室に座っていると、公衆電話にならんで画面のついた電話機発見。インターネット端末だと直感する。さっそく旅先での初カキコ。2USDで10分試せるとのこと。しかし、at Zを開くと、日本語が全部???????になっていて読めない…。まぁ、自分のHPであるので、掲示板をたどり、なんとかカキコ。エージェントは、compatible; MSIE 4.01; Windows NT; NetNearU 2.0; ATTPublicInternet と表示された。帰国後、IPを調べたら、12.48.**.**というとてつもない若い番号をもっているのには驚いた。まぁ、この端末がグローバルIPを持っているとはこれだけでは分からないのだが。日本語が読めないので、10分を持て余しながら、なんとか終了。

死ぬほど時間があるので、ロビー内を探検。するも、これといったものもなく、トザキと飲み物を買いに出かける。トザキはスプリングウォーターを買っていたが、私は、ダイエットペプシを買ってみる。2.15USD(税込)。空港価格。さらに、微妙に日本のと持ち心地が違うとおもったら、やっぱり量がでかかった。20oz、591mlだった。トザキはさっきのインターネットをやったりしているが、私は旅行メモをまとめたりコーラを飲んだり。次第に乗客が集まってくる中で、アジア系の人はいたのだが、使っている言語から韓国人ぽかった。日本人我々のみ。

1930前に、GROUP1の人達から搭乗開始。続いてGROUP2の我々が搭乗開始。搭乗券の読みとりのところでパスポートと搭乗券を提示。ここでも、U.S.に再入国するかどうかを訊かれる。なんて親切なんだー。

搭乗率はそれほど高くなく、5割から6割といったところ。英語+フランス語でアナウンスがあるも、殆ど聞き取れないようなショボヒアリング力。離陸前にカナダの入国書類が配布される。一応、持ってはいたのだが、ここで受け取り記入。ここでもえらい長いタキシングの後離陸。トザキが早々に寝てしまったので、私は、後ろの空席に移動し、窓の外を眺める。空からみると、U.S.の広大さが分かる。家の回りには広い庭。整然と区画整理されていて、何処までもそれが続いている。ここは大陸だー。水平飛行に移ると、飲み物サービスが始まった。トザキは依然として寝ていた。飲み物は、オレンジジュースを頂いておく。たしかミニッツメイドだったような。一緒にくれたものは、プレッツェルでアメリカらしくてよさげ。JALだったら、「おつまみ」だったところ。プレッツェルをボリボリとむさぼり、オレンジジュースを飲み終わったところで私も睡眠に移行。

ふと目を覚ますと、機体はディセントしているところ。そのままランディング。回りはやたらとエアカナダの格納庫とか、機体があった。降機すると、殆どがカナダのレジデンスだったらしく、外国人のイミグレはねーちゃんたちが暇そうにしていた。そのうちの一つにトザキと一緒に通される。

あらかじめ想定していたイミグレのやりとり

審査官: 「アンタの入国目的は?」

sky-d: 「サイトシーイングだ」

審査官: 「ようこそカナダへ。」

sky-d: 「サンキュー」

実際のイミグレのやりとり

審査官:「アンタの入国目的は」

我々: 「サイトシーイングだ」

審査官:「何故カナダを選んだのだ。他の国じゃダメなのか。」

我々: 「VIA鉄道に乗るのだ」(実は、VIA Railの発音がまずかったらしく、これがなかなか通じなかった)

審査官:「おまいら、いくら持ってるのか教えてください」

我々: 「**カナダドルと、**USドルだ」

審査官:「クレジットカードは持っているか」

我々: 「持っている」

審査官:「職業はなんだ。学生か」

我々: 「そうだ。学生だ。」

審査官:「なんで学生がそんなに金を持っているんだ」

我々: 「バイトして貯めたのだ」

審査官:「ふーん。帰りの航空券を見せれ」

我々: 「こいつだ」

<ガシャン!ガシャン!ガシャン!ガシャン!>スタンプを捺す音

審査官:「ようこそカナダへ。」

長げー。

ここですでに2人ともヘロヘロ…。 いや、日本語で書くとこんなに簡単ですけどね、実際は英語での応答だったわけで…。

その後、税関に申告書を提出。すでにぐるぐると回っているターンテーブルから荷物をピックアップ。ここで気づく。

鍵が外されてるよ!

あー、やっぱりやられるんだ〜。というのが正直な感想。それは盗まれたとかそういうんじゃなくて、U.S.の査察が私の荷物に入ったということ。バッグを開けてみると、「INSPECTIONのお知らせ」という紙切れが入っており、「我々は、セキュリティ確保のために、いくつかの荷物を物理的に検査しなくてはならない。この検査の中でアンタのバックは禁止物品が入ってないか検査させてもらったよ。鍵が付いていた場合は壊させてもらったよ」みたいなことが書いてあった。旅行の事前調査の段階でこの検査の存在を知っていたため、予備の鍵を持ってきておいたから結構良かったようなものの…。

直ぐ脇に、トーマスクックの両替所があったので、カナダドルの現金を持ってきていない私は、ここで、2万円を両替。231.72CADとなって戻ってくる。レートは若干日本より良いものの、手数料を5CAD取られているので実質的にそれほど変わらないような感じ。その後、税関に申告書を提出して無事カナダ入国。

殆ど人気のない到着ロビーを歩いて、ナイアガラエアバスのカウンターを探す。無事に発見。予定以上にイミグレが早く済んだので、ここで一本前のバスに替えてもらおうと思ったが、次のバスは満席だよ〜。と言われ、仕方なく1時間以上の時間を潰すことに。しかも、全然店とかないので、3階の出発フロアにいってみるも、殆ど人気はなかった。広かったけど。さらに、LGAにあったような、パブリックインターネットフォンがないため、相当暇な時間を過ごす。

23時を過ぎると、係りのおじさんがついてこい!というので、それに付いていくと、ナイアガラエアバスのバスが待っていた。人なつっこい運転手が「こんにちは!」と日本語で声をかけてくる。荷物をトランクに載せて現金で料金を支払い。チップを弾みすぎた。 隣のターミナルとそのまた隣のターミナルで人を拾って、バスの座席はざっと埋まった。日本人はいない。ハイウェイに入ったらその後睡眠。ふと起きると、ケンタッキーの駐車場に到着し、「ミスターsky-d ここで乗り換えてくれ」と言われる。同型のバスが駐車場にとまっていた。どうやら、他の人達は、ナイアガラフォールスの住宅街へといくようで、ナイアガラの滝方面は我々だけだったようだ。

新しい運転手にホテルの名前を確認してもらい、一路ホテルへ。それほど遠くなく、この通りがメインストリートだとかいろいろ説明してもらったりし、道脇にセブンイレブンを発見したりしながらシェラトンフォーポインツホテルに到着。チップを渡すかどうかイマイチ分からないシチュエーションだったが、ケチな日本人を演じるのはイヤだったので、2USD置いていくことに。カナダドルは、持ち合わせていなかったので、運転手に「ゴメンよ」と言って降りる。運転手は「チップなんて気持ちだよ」と慰められる。時既に1時10分。

○最後のヤマ場

最後、チェックインという大仕事が待ちかまえている。「予約あります。sky-dです」と言いつつ、トラベラーズチェックで支払。早く寝たかったので、トザキの部屋番号を聞かずに、8時に部屋に来てもらうようにしてエレベータで別れる。これがトラブルになるとは…(笑)

部屋はキングサイズベッド。これで69CAD。しかも、1ヶ月前予約の僅か1日後だったのだ。ちゃんとしていれば59CADで泊まれたのに…。トザキはきちんと59CADだったようだ。

 

翌日へ

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