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大陸横断鉄道の旅4日目 〜VIA2日目〜 2003/02/23

○VIAの中日

0100に携帯のバイブで起きる。ここでHornepayneなる駅に止まっているハズだったのだが、動いているのでねる。どのくらい遅れているのか見当がつかない。

0600本格的に起床。コンタクトなどを準備して、シャワーを浴びに行く。シャワールームは結構清潔な感じでよかった。ちゃんとお湯も出たし。

シャワーを浴びた後、トザキも起きていたので、パークカーへ行ってみることにする。デッキは冷気が吹き込んで霜がついていた。この付き方が半端じゃなかった。夜は相当寒かったらしい。

デッキの霜。

パークカーには数人が起きてきていた。まだ真っ暗で、進行方向の信号機だけが輝いていたが、直ぐに明るくなってきて、朝の風景が見えてきた。そのうち日の出となる。丁度林の中を抜けていたため、あまり良い写真が撮れない。

0800すぎ、朝食のコール。VIAで食べる初めての朝食。ウェイターのお兄さんは、オハヨウゴザイマースといって迎えてくれる。ここで、カナダのメープルシロップを味わうために、ブルーベリーパンケーキをチョイス。その前に頼んだヨーグルトにはブルーベリーソースがかかっていた。サーブされたパンケーキは、付け合わせとしてハムが乗っていた。たしかベーコンを頼んだハズなのだが…。とおもっていると、間違えましたといって、ベーコンも持ってきてくれた。たっぷりとメープルをかけてパンケーキを食べる。あー、とても贅沢だー。最後はコーヒーで締める。すると、ランチとディナーの予約券の配布があった。今回は両方ともに1stコールのようだ。

モーニングコーヒー飲もうよ〜。なかなかリッチ。(c)トザキ

0900頃、Armstrongに停車。遅れはだいたい2時間15分。でももはやそんな遅れはどうでも良い。トロントからだいたい1300kmであるが、これでもまだオンタリオ州である。ここでも長大な貨物列車の一つとすれ違う。貨物のコンテナには、トレーラのコンテナがそのまま搭載されていたり、貨物船用のコンテナがそのまま搭載されていたり、もちろん、タンク車というものもある。コンテナには、暖房装置がついていて、中のものが凍らないような仕掛けもついているようだった。

Colinsという一応の駅を過ぎると、左手に湖とかみえて、スノーモービルとかが行き交っている。主要交通手段はスノーモービルという感じ。ちなみに一応の駅というのは、すれ違い設備とかはあるものの、時刻表には「42」という記号がついている。これは、乗降は48時間前までにリクエストがいるよ♪という記号。なぜ48時間前までなのに、記号が42なのかはよく分からない。兎に角、乗降客がいなければ有無を言わせず通過というヤツだ。このCanadian号の停車駅は9割方そんな駅。

10時になったところで、時計を1時間戻すようにアナウンスがある。そのため、時刻は9時になった。うーむ。

1125Sioux Lookout停車。これでスールックアウトと発音する。ここで給水とかあるため20分ほど止まるらしい。よって散歩に出かける。外は昨日のCapreolよりも寒いような気がした。駅前にはCIBCをはじめとして、いくつか店があったが、これといった店は無かった。でも、人々は何かを買ってきているようだった。

Sioux Lookout。或る意味難読。

Sioux Lookoutを出発すると直ぐに、ランチのファーストコールがある。意気込んでダイニングカーに向かう。今度同席したのは、かなり地元の人。もうすぐ下車するという人だった。窓の外から見える湖を観ながら、ここはアイスフィッシングができるんだよ。とか教えてくれる。氷の厚さは3フィートくらいあるとのことで、釣り穴はガスバーナーで開けるという豪快なものらしい。窓の外は湖だらけ。生憎、釣りをしていそうな人はいなかった。ついでにカナダの人は、みんなフランス語が話せるのか訊いたところ、よっぽど東部の老人で無い限り、みんなしゃべれるとのこと。バイリンガルカントリーだよー。とか言ってた。このランチで食べたメニューは、ラビオリとスモークサーモンのパン乗せ。

1544にElma到着。ここで東行きのCanadian号、2列車とすれ違い。向こうの方が長い編成だったような気がするが、実際のトコロは分からない。こっちも1時間半くらい遅れていたが、あちらも2時間くらい遅れているようだった。このあたりからマニトバ州。直ぐ脇に道があり、シェルのガソリンスタンドがあった。車が入っていくのは日本と変わらない風景だったが、普通にスノーモービルが入っていくのにはカルチャーショックを受ける。

そのうち、広い車両基地が見えてくるようになると、車内放送があり、ウィニペグに着くことを知らせている。重要なところが全然聞き取れないけど、40分くらい止まるっぽい。屋根のある駅に到着し、ホームからエスカレータで地下に下りる。とりあえず、駅前に出てみる。

寒い。

いままで経験したことのないくらいの寒さ。人間が作り出した寒さではなく、自然の寒さでは、もちろん初体験なくらいの寒さ。他に誰も歩いている人がいなかった。写真を何枚か撮り終わると、直ぐに駅に戻った。尋常な寒さではなかった。案内所があったので、「ネットが使える端末はこのあたりにないかや?」ときいてみると、「ノー」との返事。うーむ。まぁ、仕方がないか。待合室でトザキと喋っていると、日本人発見。きくところによると、475USDのノースアメリカレールパスをつかって1ヶ月の旅行をしているとのこと。こっちは2人で英語ができなくて凹んでいるのに、彼はアメリカに留学していた経験もあるそうで、ペラペラでうらやましいくらいだった。彼の行程は、アメリカの西海岸から出発してシカゴからワシントン、NY、ボストンかモントリオールへ行った後、トロントへもどって、このカナディアン号に乗ったとのこと。壮大な旅だ。NYでは反戦デモにも参加してきたとのこと。ふむ。彼の他に列車にはもう一人日本人が乗っていることが判明。まぁ、日本人だからという理由でこういう話しができるのは、自由旅行ならではだよな。と思う。

写真だと伝わらないですが、兎に角寒い。

駅舎は豪華な造りとなっている。

そのあと、トザキは懲りずに外に出たりしていたようだが、僕はもういっぱいいっぱいだったので、その日本人と話したり、駅を観察(?)したりしていた。

そのうち、列車に戻れるとの事だったので、戻る。この40分の間で増結を行ったらしい。我々は前と変わらず120号車。部屋にいると新しいおじさんが部屋にやってきた。やはりウィニペグで乗務員交代があったのか!あー、前のアテンダントの人、良くしてくれたのにチップ渡してない…。これも英語ができない我々が悪いのだ。新しいアテンダントのおじさんはハリーさん。車窓を眺めていると日本でもよくある看板の上部に温度計がついているのがあったのだが、マイナス25度を表示していた。寒いわけ。

5時半近くだったので、まもなく夕食の1st Callがあった。今回の相席はお腹の出た体格のイイおじさんと、ひげのおじさん。どちらもウィニペグから一人で乗ったようだ。こっちの発音が悪くて、なかなか話が進んでいかなかったが、カナダのProvinceの話とか、今シーズンは9月から雪が降ったんだよ。など話してくれた。僕はManitoba Pork Loin、トザキはChicken Supremeをチョイス。食後のコーヒーでは、なにやら細ながい棒がテーブルの中央に置かれた。ひげのおじさんが、ミントチョコレートだよ。と教えてくれた。

地平線に日が沈む。今日も終わり。

部屋はまだベッドの準備ができていなかったので、パークカーで夜空を眺めてみる。日本でもおなじみ北斗七星とかオリオン座がみえた。列車の進む方向には信号機だけが光っていた。

そういえば、ベッドの上にはいつもチョコレートが乗っていた。どっかのホームページでみた、チョコレートオンザピローとか言うヤツなんだろうが、寝る前にチョコレートなんて虫歯になりそうでとても食べられなかった。あとから調べると、このチョコレートは、日本の旅館ででる饅頭に相当するらしい。ふーむ。その後、シャワーを浴びてお休み。zzz。

 

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