2000年旅行記 | 2001年旅行記 | 2002年旅行記 | 2003年旅行記 | 2004年旅行記 |
2005年旅行記 | 2006年旅行記 | 2007年旅行記 | 2008年旅行記 | 2009年旅行記 |
at Zトップに戻る

 

大陸横断鉄道の旅5日目 〜VIA3日目〜 2003/02/24

 

○実質VIA最終日

210頃、停車している。デッキにいってハリーさんに尋ねると、Saskatoonのようだ。直ぐ出発するから下りられないよ。といわれ、部屋に戻る。駅を発車してしばらくは貨物基地がつづいていて、スチームがいろんなところから上がっていた。寒い中、何人かの人が作業をしているのが見えた。北の空が明るい。オーロラと思いたいところだけど、緯度的にそんなこともないだろう。ナトリウム灯のような色だった。

700起床。顔をあらったりしているとWainwriteという小さな駅に到着。何人か下りているようだった。小さな駅といっても駅舎があるだけ立派。CNの保守基地も隣接。トザキはパークカーで日の出を撮影に行くということだったが、私は部屋に残ってみる。730に日の出。山から陽が昇るのではなく、地平線から陽が昇ってきた。太陽が大きく見えた。併走する道はトレーラーや車が何台か通っている。次第に地形には起伏が出てきて、ロッキー山脈に近づいていることを感じさせる。牧場も点々としていた。90両の貨物列車とすれ違い。

トザキが戻ってきたので、朝食を食べに行く。本日のオムレツはサーモンとクリームチーズのオムレツだったのでこれをチョイス。トザキは、ナッツのパンケーキをチョイス。ちなみに今回のったSilver&Blueクラスは、これらの食事が全て料金に含まれているのだが、仮に普通車にのってこれらの朝食を注文したとしても、10CAD以下で食べることができる。日本の相場から考えると破格。今朝の食事も旨かった。しかし、食べて座っているだけの生活は確実に肥満まっしぐら。VIAの前半は昼食にも予約が要ったので、今回もいるのかとおもい、ウェイターの人に訊いてみたら、ランチの予約は不要で、夕食の予約はランチの時に取るとのこと。このあたり、乗り込むクルーによって、弾力的に運用しているっぽかった。

部屋に戻ると、まだベッドが片づいていなかったが、歯磨き。トザキは先にパークカーに行ってしまった。だらだらと歯を磨いていると、ハリーさんがベッドを片づけに来てくれた。歯磨きをしていたので、「Don't Rush」と言ってくれた。何故か感激。チップを置いてパークカーに避難。

パークカー。まだロッキーの山は見えてこない。

部屋に戻ると、辺りは開けてきて、ケミカルプラントや、ハイウェイが現れてきた。列車も速度が落ちてくる。川は凍結していないが、湯気が上がっていて冬の天竜川みたいだった。Edmontonが近いのだ。EdmontonのVIA駅は市街地から結構離れていて、空港の直ぐ脇にある。下りる我々にハリーさんは、おみやげや新聞を売ってるよ。と案内してくれた。ホームでは水補給のための係りの人がいて、古い水をすてるために車体下のバルブを開けていた。もちろんバルブは凍り付いているわけで、ガスバーナで加熱したあと、ハンマーでバルブを叩いてバルブを開けていた。非常に手際がよくて感心。 駅舎の中には小さな売店があって、おみやげから食料からいろいろ売っていた。既に3月だったこともあって、カレンダーは1個買うともう1個サービスみたいなサービスをやっていた。カレンダーを買ってみるが、もちろん日本の祝日が乗っていないわけであまり実用的では無さそう。僕はさっくりと決める派、トザキはじっくりと品定めをしていた。こういうところに性格の差がでる。ウィニペグで会った日本人と話す。ここで途中下車する予定もあったそうだが、市街地から離れているということで断念したとのこと。ホームへの扉が開くと、トザキの写真を撮影したあと、車両にもどる。ハリーさんはパークカーに置くための新聞を大量に仕入れてきていた。「君たちは兄弟か?」とか言われる。まぁ、少なくとも、俺は兄弟で旅行することは一生無いだろうな。

川から立ち上る湯気。

Edmontonが近づき、ハイウェイが現れる。

Edmonton駅のホーム。駅のすぐ脇は空港。

そんなこんなでEdmonton出発。直ぐに1st Callのランチ。予約は要らないのだが、2人の意見は迷わず一致。またもや一番乗りを果たす。私のチョイスは、Salmon Burger on Pumpernickel ライ麦のパンにサーモンが挟んである。食べにくいけどこれも旨かった。トザキはChicken Pot Pieだったような気がする。相席はビクトリアに帰るという老夫婦。モントリオールに家族が住んでいらっしゃって、会いにいった帰りとのこと。驚いたのは、帰りだけでなく行きにもVIAを使って行ったとのこと。深くはきかなかったけど、こんな老後を送ってみたいものだ。ちなみにこの老夫婦との会話は聞き取りがかなり貧弱だった。トザキは結構分かっていたようだったけど。

列車はいよいよロッキーに向かって行く。早めにいってパークカーで座席を確保。パークカーがほぼ満席になったところで、アテンダントが来て説明をはじめる。トンネル山というのがあって、始めその山をぶち抜いて鉄道を通そうとしたけど、結局無理で今のルートになったからトンネル山という名前がついたとか話してくれる。山が次第に迫ってきて、両側には凍った湖とかがあった。カメラには収めきれないくらいの迫力。これは行ってみないと分からない景色。ちなみにパークカーで活躍していたのが日本のブランド。ソニーとかシャープ、日立のビデオカメラ、ファインピクス、オリンパスのカメラはかなりの人が持っていた。しかし、先にいったように、メードインアジアなわけだが。

次第に山へと入っていく。

湖は結氷済み。

ジャスパーではおよそ40分の停車。地球の歩き方にのっていたクラフトの店へと向かう。シーズンから外れているのだが、店は営業していていた。他に客はいなかったが、店員さんがハローと迎えてくれる。クラフトにはあまり興味が無かったので、ジャスパーの地図を買ってみる。トザキはいくつかクラフト製品を買って、カードで払っていた。ちなみにCAT端末は、CIBC向けの端末で、ダイヤルアップで接続していた。写真を撮りながら再び駅に戻る。

再び駅に戻ると、インターネットの端末を発見したが壊れていて使えないようだった。残念。車両はここから増結されるようで、連結作業をしていたのだが、何故かだれもその様子を見ているひとがいないので自分が見に行くことにした。ぼけーっと連結を眺めていると、最後尾に乗っていた係のひとが、「ハロー」と声をかけてくれた。ここで11両から14両になる。スマートメディアが無くなったので、ここで交換。35mmフィルムよりかさばらないし直ぐに交換できるからデジカメは便利だ。

ピラミッド山とCIBC。

米じゃやなくて哩。

ジャスパーを出発すると、まもなくVIA最後のディナーとなる1st Callがある。始めに、明日の朝食の案内。6時からダイニングカーが開いて、コンチネンタルブレックファストが食べられること、また、パークカーにも食事が用意されることなどを案内。さらに、寝る前に時計を1時間バックするようにとのこと。ワインを注文し、さらにFillet of Beef Tenderloinをチョイス。相席は、イングランドから来たという少年とそのおじさん。ユーロスターに乗ったことあるかと訊いたら少年は無いとのこと。おじさんはあったようだが。食事が来たところでトザキが2人の写真を撮ってあげていた。

ディナーのステーキ。素敵。(c)トザキ

最後の夜はパークカーでビールを飲もうと決めていたので、パークカーでカナディアンビール。結構寒かったのでビールもどうかと思ったが(汗。さっきの少年がパークカーにやってきたのでいろいろ話してみる。少年は日本に行ってみたいとのこと。特に新宿に行ってみたいと言っていたのには驚いた。イングランドでは、外国語としてドイツ語とかフランス語を習うとか。まぁ、そんなもんか。少年が備え付けの紅茶の入れ方を、座っていたおばちゃんに訊いていた。おばちゃんは、「あまり長く浸しちゃだめよ。Too Strongよ」とか言っていた。

さらに、スウェーデンの同じくらいの歳の兄ちゃんが話しかけてきた。日本ではまだ学校が有るんじゃないかと言われる(爆。まぁ、一応卒論は発表まで終わってるけど、数々の残務整理を残しているのでグサッと。一応、もう卒業だから春休みだよ。と言っておく。実はこのスウェーデンの少年がモーヲタだった。後藤真希がよかったのに、脱退しちゃったよー。とか言っていた。あと、スウェーデンでは浜崎あゆみも結構有名だとのこと。 最後の夜になって、そこそこ交流ができてイイ感じだ。

その後、明日は早いから寝ないとね。と、スウェーデンの兄ちゃんと言って別れる。シャワーを浴びて寝る。

 

翌日へ

2003年旅行記へ戻る