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大陸横断鉄道の旅9、10日目 〜 2003/02/28-03/01〜

○既に日本気分

確か6時に起床。顔を洗ったり着替えたりして、朝食のテーブルへ。宿泊している他のみなさんはまだ起きていない様子。オーナーご夫妻が我々の為に朝食を用意してくれていた。昨晩、落ち着いて話すこともできなかったので、バンクーバまで来た経路とか説明したり、奥さんが実家に帰ったときの話とかをきかせていただく。次回はもっとゆっくり来なさいと言われる。まったくだ。今回は私の旅行スタイルの集大成みたいなものになってしまっている。どこかにとどまって欲張らない旅行がしてみたい。

朝食は、ご飯とみそ汁を出してくれた。もう日本気分なわけ。朝食が済むと精算。送っていってくれる時間まで荷物をまとめて、玄関前で写真を撮り、宿の旅ノートに2人が記入。バンクーバでの定宿になりそうな予感。宿泊オプションとして、空港への送迎をお願いしてあるので、オーナーのトヨタ車で送っていってもらう。時間が少しあるとのことだったので、B&Bの近くにあるBack to the FutureのマイケルJフォックスが卒業したという高校に案内してもらった。構内には、マイケルJフォックスを記念したシアターがある。もちろん、近所では人気の高校とのこと。

○空港にて

この旅行で6つ目の空港となる、バンクーバ国際空港。Departureの階でおろしてもらって、オーナーに御礼を言って日本への手続きに。JALのカウンターには長蛇の列ができており、その間にトザキと私とで交代で買い物をして時間を過ごす。回りは、スノボとかスキーを持った人達が多い。帰りの飛行機は満席か。我々の順番になって、荷物をX線に通す。と、係りの兄ちゃん達は、モニターみてないし!通せばいいってもんじゃないでしょ。やっとカウンターに辿り着き、日本人係員と手続き。ついでに、パスポートにつきっぱなしになっていたI-94Wを外してもらった。このチェックインで名古屋までの搭乗手続きが終了。搭乗券を2枚もらって、いざ出国手続きへ。

バンクーバ国際空港では、空港利用料が航空券に含まれていないため、セキュリティチェック前に払う必要がある。クレジットカード払いだと、空港内にある自動販売機で購入することができ、キャッシュではカウンターに並ぶ必要がある。日本人は殆どカウンターに並んでいた。私は自動販売機で支払。多国語対応の機械だったが、日本語には対応していなかった。で、トザキもそろったところで、X線通過。上着やら小銭やらジャラジャラ。で、お待ちかね免税店をブラブラ。ちなみに、この時点で出発時刻が45分遅延のようだった。

免税店では酒を中心に購入。あとは、カナダドルを使い切るべくこまごまと購入。ついでに、スタバもあったのでマグを物色。sayuu氏へのお土産をどれにしようか考えて、姉ちゃんにバンクーバマグないの?と聞くと、なんか電話して持ってきてもらうという大がかりなことに。結局、出発には間に合いそうもなかったので、他のマグを代わりに包んでもらっておく。姉ちゃんサンキュー。ゲートの近くのいすに座って搭乗を待つと、漸く上位クラスの人から搭乗が始まった。搭乗の際に、パスポートとの照合がいるらしく、その手間を省くために、係員が待合いすに座っている客を一人一人回ってチェックしていた。エコノミーの客もイイよとの放送があったので、いよいよ搭乗。

出発ロビー。(C)トザキ

○機内にて

機内はかなり混雑していて、しかも荷棚が殆どあいてない!しかし、なんとか荷棚に突っ込むことができて、やっと座れる。見るに、機内持ち込み可能!と謳われて発売されているキャリーケースの収納に相当手間取っている模様。どうせ衣類しか入っていないんだろうから、預入荷物にしちゃえばイイのになんて思ったりする。座席に座って漸く一息つく。エンジントラブルから始まったこの旅行もついに終わり。バンクーバ線は距離が短いのでマジックがついていない。帰りは映画の上映だ。

無事にカナダを飛び立ち、飲み物サービス。トザキはいきなりワインを飲んでいたが、私は何を飲んだか忘れた。とりあえずアルコールではなかった気がする。で、そのうち機内食へ。いなり寿司なんて、日本にいるときも含めて、相当食べてない物を太平洋上空で食べることに。梅酒は大好き。

で、その後映画の上映が始まって、2本目の明日があるさtheMovieで隣の姉ちゃんが笑い出したので、そんなに面白いのかと見始める、と結構面白かった。それがきっかけで、話が始まる。社会人の姉ちゃんは看護士で、半年間留学していたそう。バンクーバから車で4時間もかかる田舎な村にホームステイしていたらしい。すげぇ。と思いながら話す。「もう終わっちゃうのかぁ」って言ってたのが非常に印象的。

北海道上空に差し掛かったところで機内放送。で、そのあと成田付近に来て機長から放送。成田上空が混雑しているため、15分くらい時間がかかりそうとのこと。まぁ、こっちは余裕見てるから別に問題はないけどね。で、ベルトサインがついてから、なにやら前方の荷棚から水が垂れてきている。お酒が割れたっぽい。FAがあわてて応急処置して、なんとか着陸は問題なく行けそう。無事に成田着。姉ちゃんと別れる。

遅れたおかげで、他会社便への乗り継ぎの人は結構いそがされているようだった。ターミナルが違う人はバスで移動しなければならず、それはもうてんやわんや。

○トランジット

名古屋行きは直ぐにあったけど、トザキの千歳行きまで時間があったので、遅い名古屋行きの便にしてみたものの、トザキは国内線乗り継ぎ、私は国際線乗り継ぎで別れることに。空港ならインターネットカフェがあるから、数日間のネット生活を取り戻すべく、ネットカフェへ。すると、有料のところでなく、ヤフーカフェ(無料)を案内してくれる。結構空いていて日本人だけでなく、各国の人がネットを楽しんでいた。まぁ、出国手続き後だから当たり前っちゃあ当たり前。受付で本人確認して、USBキーを借りてネット始める。そのうち、窓際の席が空いたのでそっちへいく。成田空港サイトの発着案内を見ながら飛行機が飛んでいくところを見られるとかなり最高。あの飛行機はどこから飛んできたとか、これから何処へ飛んでいくのだとか分かる。

ヤフーカフェにて。

だいたい時間になったので、USBキーを返却して名古屋行きの搭乗口へ。

○名古屋だがね

搭乗口では、特にハワイ方面から帰ってきた人達が目立った。みんな疲れている。売店でミニッツメイドを購入。ジャラジャラしていたUSDで払う。帰りはエコノミー席だったけど、隣の人がいなくてくつろげそう。でも、MAGICの電源は切られている。で、出発時刻になってもちっとも出発しない。一人客が乗っていないということで待っているらしい。結局1時間も遅れて動き出した。1時間も待つって言うのはやりすぎじゃないか。案内放送から、乗り継ぎ便の遅れっていうわけでも無さそうだったし。

スープを飲んで後は爆睡。他の客もみんな爆睡。

窓際では無かったのでよく分からなかったが、どうやら34滑走路への進入らしい。で、着陸…。

ドシン!

と同時に、

酸素マスク数個落下

最後の最後で来ちゃった感じ。まぁ無事だったけど、旅客機は一定以上のGで着陸すると、精密検査に回されるそうだから、まぁ、大変だな。34滑走路はILSついてるはずだけど…。荷物をピックアップして、税関通って入国スタンプもらって、やっと日本についてホッとする。バス乗り場では、出発の時に会ったタイ旅行帰りの先輩のグループにも遭遇。バックパッカーっていうカンジだった。スゴイ。

こうして、大きな事故もなく、初めての海外旅行は終わりましたとさ。

 

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