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NY・チリ・ボリビア2日目 2005/03/08

Toronto > New York

○空港へ

0600ゴソゴソと起きる。他のみなさんは熟睡中の模様。0630にチェックアウト。King駅からBloor-Yonge駅で乗り換えて、終点のKipling駅へ。そこからバスでアメリカ行きの飛行機が出るTerminal2で降車。

チケットはエアカナダの公式サイトからネット予約。新規航空会社が多く出ているため、便によっては激安で取れるわけだ。航空券本体は45CADである。実際には空港利用料とか入国税を取られるため、この倍くらいの値段にはなるのだが、それでもまぁ安いと言える。自動チェックイン機を使えとのことだったので使ってみる。入力事項は予約の時に使ったANAのマイレージクラブの会員番号。無事航空券が発券され、後部のカウンターで預け入れ荷物のタグをつけてもらう。アメリカからカナダに行く場合、カナダの空港内にはアメリカのイミグレーション、税関があり、そこでチェックされてからアメリカ入国となる。というわけで、I94-Wに記入を行い、入り口で記入漏れのチェックがあるかを検査されて預け入れにもつは持ったまま列に並ぶ。

○イミグレキツイ

アメリカの入国は場所によって結構ラクだったりそうで無かったりするのだが、ココは前回のトロントでのカナダ入国よりもきつかった。質問事項ではなく、滞在場所の欄の記入項目である。

ここにストリート名を書けって書いてあるだろう。

 

ガーン!

大方の日本でのガイドブックはここにホテル名を書くような例が載っている。これまでの2回のアメリカ入国でも指摘されたことはもちろん無かった(まぁ1回はTransitだったけど)。ストリート名調べろって言われたって、僕はNYのガイドブックを持っていないのだ。幸い、NYのガイドブックはcarisが持っていて、彼に見せてもらえれば一発で完了なのだが、carisの姿が何処にもない。その間、審査官から、書かないと入国させるわけには行かないとかいう。こっちも必死で、同行の友達が持っているのだが、見あたらないんだよ〜。とか説明する。審査官はパソコン画面にcarisの名前を入力して検索しているらしい。名前は検索されたので、彼の入国は既に果たされているということなのか。膠着状態が続く。……と、ふと右の方を見ると…

carisイター!!

彼の後ろには後光が差していた。He is my friend!すると審査官は彼を呼びだした。早速NYの歩き方を借りて直ぐに検索。「このペンを使ってここに書け」と言われて書く。わーい!無事ガッシャンとスタンプが捺され、額に人差し指をこすってここを抑えろと、指紋採取。あとは写真撮影。で無事入国。I94-Wはステイプルで止められなかったが、そんなんもはやどうでもいい。X線を通した預け入れ荷物をコンベヤーに載せて、持ち込み手荷物の検査。結構中身調べられている人が多かったが、ここは問題なく通過。carisはボディーチェックを受けていた。

空港内を一通り探検して、朝食。なんとかサンドを頼んだら、結構待たされた。他の人々は朝食メニューっぽいのをみんな頼んでいくらしく、どんどん抜かれていった。うすいうすいコーヒーとともに頂く。

○タービュランスキツイ

ネットスタンドがあったので適当にカキコ。終わるとcarisが搭乗口が変更になったらしいと教えてくれる。HゲートだったのがQゲートに。なんか、carisは搭乗券の半券を切り取ってしまったらしい。乗れないんじゃない?と脅してみたりして遊ぶ。とはいえ、日本のように自動改札に読ませるのではなく、券面のバーコードを読みとる方式だったためかどうかは知らないが、半券切られていても無問題らしかった。搭乗ゲートに何故か日本人のGHがいて、「いってらっしゃいませ」と声をかけてくれた。A319-100で座席は3-3。僕が真ん中でcarisが通路側。

Detached boarding ticket of Caris.

AC704は0915発だったのが、Fuelなんとかのために出発が遅れるらしい。結局動き出したのは0953くらいになってからだった。D誘導路から滑走路06Lへ。で離陸。離陸後から結構揺れる。一瞬ベルトサインが消えるも、直ぐに点灯して、機内サービスも無い旨の放送。ここからが激揺れ。スピードが速いのか、乱気流の時にはこんな音がするのか良く知らないが、エンジンが激しく唸っていた。なんども揺さぶられたあと、突然ストーンと落下。体が浮くような感覚。さすがのcarisももうイヤだと言っていた。

とはいえ、そのうちベルトサインが消えて、マフィンのサービスがあった。飲み物は半分くらい配り終わったところでまたベルトサイン点灯。着陸寸前まで外は真っ白のままで、かなり揺れながら滑走路31に着陸。助かった。

○マンハッタンへ

バゲージクレイムで荷物を受け取る。carisのバックパックのベルトがコンベヤーに挟まってしまうというハプニングを笑いながら眺めたあと、メトロバスでマンハッタンへ行ってみることにした。1USD札を持ってバスに乗ろうとしたら、札は使えんよと乗車拒否。メトロカード買うかということで、informationへ行き、メトロカードを売っているところを教えてもらう。キオスクみたいなところで売っていた。1day Pass 7USDなり。再びバス停へ出向き、メトロカードを差し込む。差し込む方向に戸惑いつつ、なんとか乗車できた。

We took M60 bus.

1時間くらいバスに揺られ、106stで下車。降りしきる雪の中、簡単にYHを見付けることができた。チェックインは16時からとのことだったので、予約を入れてもらって地階のコインロッカーに荷物を投入。腹巻装着。観光準備である。

○市内観光しない?

先ずは今夜のNBLのチケットが買えるか見に行くことに。103stからPenn駅まで行き、マディソンスクエアガーデンへ。隣合わなくてもいいのなら一人44.5USDで席があるという。とりあえず購入。ずいぶん上の方であるが、観られるから良しとする。オフィシャルショップがイマイチ見つからず、地下へいって飯にする。ピザハットでセットものを食べる。7.19USDもしただけあって結構重い。でもサラダが大量に付いてきて、野菜を摂取できたので良かった。

Madison Square Garden. It was very heavy snow.

Pizza Combo.

次は近代美術館MoMA。Eの地下鉄にのってMoMA方面へ。教会があったので、クリスチャンではないけど教会大好きcarisに引かれ中を覗いてみる。もう一つはカテドラル。ステンドグラスがリアルに何かを表現していて(何が描いてあったかは忘れた)凄かった。目をつぶってお祈りしているようで実は寝ている人とか、真剣にお祈りしている人とか、ウチらのような観光客やらたくさんの人がいた。外は寒いのでこういうところで時間を過ごすのもよかったが、何せ3日間しかないNY滞在なので、足を動かす。

Exquisite carving of church.

MoMAへ行くと、なんと休館。毎週火曜日は休館らしい。仕方ないので国連に行くことに。そんなに遠くないので、歩いて行くことにしたのだが、途中の道がつるつるというかグチャグチャ。途中、足の悪いおばちゃんがスロープのところで肩を貸してくれというので貸してあげたりする。無事国連に着くも、この雪なのでもちろん国旗の掲揚は無し。入り口で荷物検査を受けて中に入る。国連のパンフレットは英語はもちろん、中国語まであるのだが、尋ねてみるとやっぱり日本語は無いみたい。やっぱり常任理事国にならないとダメなのか。見学に来る人は中国人より日本人の方が多いと思うんだけどナァ。

案内版をみると今日の日本語ツアーはもうないようなので、次の英語ツアーの申込みをする。このツアーには、日本人の女子大生が3人いた。carisは、日本人の学生を見かけると、その人の大学を予想するのが好きらしい。この女子大生をはじめ「ワセダ」とか言っていたが、そのうちの一人がガイドに流暢な英語で質問を始めると、いきなり「外大だ」とか言い出す。

国連の中にはいろんな国から送られた「Gift」があって、中国からの象牙の彫刻みたいなのとか、日本からの日本庭園とかが展示されていた。安全保障理事会、信託統治理事会、経済社会理事会の議場は実際に中で見学ができる。耳にかぶせるイヤホンも実物を手にとって見ることができて良かった。また、信託統治理事会はなにやら会議が開かれていた。途中、原爆の展示は「Gift from Japan」であり、広島市教育委員会とか長崎市教育委員会の備品シールが貼られた展示物がかなり大きなコーナーとして展示されていた。

その後、総会ホールへ。アルファベット順に各国の席が並べられてあり、日本は結構後ろの方だった。まぁ仕方ない。ここに世界のトップが集まるのかと考えると感慨深いものがあった。ここも来て良かった。

The Security Council Chamber.

The General Assembly Hall.

エレベータで地下に降りて、お土産やさんとかあるところで解散となった。丁度良い時間となったので外に出る。近くのバス停からブロードウェイのメトロ駅に向かう。窓の外を見ながら降りるタイミングを伺いながら。

1泊32USDで2泊。6人のdormに通される。部屋にドキドキしながら行ってみると誰もいなかった。でも他の4人の荷物はもう置いてあった。プレーボール(バスケでもこうやっていうのか?)の時間が迫っていたので急いで地下鉄に駆け込む。昼間とはうってかわってたくさんの人がマディソンスクエアガーデンに集まっていた。入り口のところで一人1枚ずつTシャツを配っている。太っ腹だなーと思ったら、今日はTシャツデーらしかった。carisは雰囲気に溶けこむため早速着ているが、着ている客なんてそんなにいなかった。44.5USDしたのは分かっているが、時差ボケで眠くて仕方がなかった。選手の練習とかの後に、有名らしいひとが出てきて国歌斉唱。全員起立なのだが、アメリカの人達が国歌で凄く盛り上がっていて、なぜかものすごい恐怖を感じる。アメリカの国歌は盛り上がれるような流れになっているのかもしれないが、それ以上にやっぱり何かあるような気がした。1935ころプレーボール。始まると結構地味だったが、良いプレーが出ると凄く盛り上がって楽しかった。普通にスタンディングなんちゃらである。でも眠さは楽しさに勝っていた。相当寝ていたはずだ。試合は93-83でニックスがウィザーズを下した。

Warming up.

Free throw.

The game had been finished.

今日はあと帰るだけである。たくさんの人をかき分けながら地下鉄で帰る。夜遅いのでこわいよー。

部屋に戻っても誰もいなかった。しかも激眠だったので、シャワーも浴びずにそのまま寝てしまった。その後、廊下でメッチャ騒いでいる外国人達。どんな教育しとるんや。と思いつつ、ルームメイトがそんな調子だったらまずいなーと思いながら寝る。その後、ルームメイトが帰ってきたようだったが、静かに寝てくれた。良かった。

 

翌日へ

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