2000年旅行記 | 2001年旅行記 | 2002年旅行記 | 2003年旅行記 | 2004年旅行記 |
2005年旅行記 | 2006年旅行記 | 2007年旅行記 | 2008年旅行記 | 2009年旅行記 |
at Zトップに戻る

 

NY・チリ・ボリビア9日目 2005/03/15

Goodbye, Easter Island

○2日酔い

起床。carisは激しく2日酔いらしい。自分はそれほどでもないので、一人で飯に行く。隣の部屋のポーランド人に、「連れは?」みたいな感じで尋ねられたが、「ぶっ倒れている」と言うと、やっぱりねーと言われる。この3日間で一番果汁含有量が少ないマンゴジュースを飲み部屋に戻る。

carisはひたすら寝ていたいらしいので、900頃一人で出発。今日はイースター島博物館へ行くだけだ。一旦町内に入って行ったら結構時間がかかってしまった。途中で兄ちゃんに乗ってけよ!と言われるも、わしゃ歩きたいんじゃーといって断る。920頃museo=museumに到着。どこかの国の家族連れが待っていた。貼り紙によると930開館。強い日差しの中、開館を待つ。そのうち日本人が一人来る。昨日も来てみたが休館日だったから今日来てみたとのこと。彼はブラジルとアルゼンチンを回って、今日同じ便で本土にもどり、帰国とのこと。

The roof of the museum and a chilean military ship.

10分くらい遅れて開館。1000CLP。結構しつこく、No Photoと言われた。日本語訳の冊子を貸してくれた。かなり直訳調の冊子だったが、全ての解説文が訳されていて無いよりはマシだった。とはいえ、見るべきモノは、モアイの眼、ロンゴロンゴの書かれた板、アフ・トンガリキ修復前の写真である。それら全部見られたので良かった良かった。満足して帰る。

○島内全行程終了

博物館から帰る途中に、民芸品市場があるので冷やかしつつ宿に戻る。宿に戻って精算。1泊いくらではなく1日いくらという精算方法。これってイースター島スタンダードなのかよく分からない。空港まではおばちゃんの車ではなくて、タクシーらしい。1130宿を発って、タクシーで空港まで。

先ずは荷物をチェックインする。航空券はドットマトリックスプリンターで出力されてきた。預け入れた荷物はすぐに後部のカーゴコンテナに手動で積み込まれていった。

2日酔いのcarisは奧のバーになにか飲みに行ってしまった。自分はお土産探し。といってもそれほど数がなかったので手頃な大きさのモアイを買ってみる。

○マニア向け空港s

carisがまったりしているあいだに外に出て、飛行機を眺める準備。結構マニアな人達がわらわらと眺めていた。そのうちに向こうの方から消防車が疾走してきて、我々の前に止まった。B767クラスの事故に、この消防車1台で対処できるかいささか不安だが、無いよりはマシといったところか。

There is a moai in security area of the airport.

A crash truck.

ちっとも来ないなーと思っていると、そのうち空から音が聞こえてきて、島の西側に飛行機が見えてきた!滑走路はすぐそこなので、迫力はなかなか!白煙を立てて無事着陸すると、すーっと飛行機は見えなくなってしまった。滑走路の途中で転回が出来ないから、滑走路端のターンパッドまで行っているのだな。

The aircraft is coming!

Landing!

○機内から

飛行機からは日本人をたくさん含む多くの人が降りてきた。そのうち搭乗になったので、最後の方で後部のタラップから搭乗する。carisの右隣は日焼けした少年である。機内はLCDディスプレイ付いているが、座席やそういった部分の古さは否めない。右隣の少年は、なかなか面白いヤツで、FAから小袋のピーナッツを大量に貰っていた。それを一気に開けまくってリスのように頬張っていたので笑える。そんな少年も我々にピーナッツを分けてくれた。それでもピーナッツが足りなかったらしく、さらにFAからピーナッツを貰っていた。そのときはFAも我々にピーナッツ勧めてくれる。鼻血に注意。

Goodbye Easter Island.

機内食は、サーモンとたっぷりのマッシュポテト。サラダ、カスタードプリン、パン。結構美味かった。けれども、来るときにがぶ飲みしていたワインは2人とも控えていた。シュン。

Salmon as in-flight meal.

carisはその後、指さし会話帳使って少年と会話していた。結局彼がどこの国の少年かすらわからなかったみたいだが、年令くらいは分かったらしい。良かった良かった。

○再びサンティアゴ

北側から無事サンティアゴ空港に着陸した。面白かった少年ともここでお別れ。多くの客引きもいたが、いつも通り空港バスで終点まで。そこから地下鉄でまた同じ宿へと戻る。同じ宿と言っても、今晩はw/ bathの部屋がないとのことだったので、まぁ妥協して無しの部屋に通して貰う。とは言っても部屋の目の前にバスルームがあったのだが。疲れていたので風呂にも入らずに寝る。

 

翌日へ

2005年旅行記へ戻る