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南部アフリカ・ビクトリアフォールズ 2006/09/25

Harare > Blawayo

○移動手段を探す

遅いかなと思ったが、0600過ぎに起床。風呂に入る。この風呂なのだが、バスタブだけがあって、シャワーが無い。蛇口はあるが、身体を洗う上で使いにくいことこの上ない。昨日買ったペットボトルを洗面器代わりにして、なんとか風呂に入る。しかも途中でお湯が切れて冷たくなったのには参った。これなら、アンデス山奥のインスタントシャワーの方がよっぽどましだ。

その後、朝食へと階上の食堂へと向かう。コーンフロスト、薄いコーヒーを飲みつつ、朝食のプレートを待つ。内容は、ベーコン、牛レバー焼き、オムレツ、パンであり、かなり肉肉しているが、なんとか食べ終える。その後すぐに出発。ロンプラに会った、Brue Arrowというバス会社のオフィスへと向かう。今日の目標は、ビクトリアフォールズ行きの夜行列車が出ている、ブラワヨへ向かうことだ。

市内は、昨日の状況がウソのように活気に満ちており、スーツを着て出勤するサラリーマンや学生もたくさんいた。治安も昨日と比較にならないほど良さそうだ。とはいえ、油断せずに歩く。Brue Arrowのオフィスへと出向くと、もう既にブラワヨ行きのバスは0800に出てしまったとのこと…。なんと言うことだ…。あと30分早くホテルを出ていればと悔やまれる。仕方ないので重い足取りで、鉄道駅へと向かう。ブラワヨ行き列車の金額は書いてあるのだが、如何せん時刻が書いていないので地元の人に聞く。すると、1900発とな。昼行列車が出ていればという淡い期待はあっさりと裏切られた。仕事の関係上、休みを延長するわけにはいかないので、ここはあっさり飛行機で時間節約か、という甘い考えをもって、エアジンバブエのオフィスへ行く。スケジュールを聞いてみると、ブラワヨ行きはこれまた夜行列車には間に合いそうもないスケジュールのようで落胆する。情報として、市内バスターミナルを案内されるので、そこへ行ってみた。車に轢かれそうになりながらも道路を渡り、バスターミナル到着。

バスターミナルはたくさんのひとで活気に満ちあふれており、多くのバス会社がカウンターを構えていたが、かなり雑然としていた。ブラワヨ行きは無く、主にヨハネスブルグ行きの国際バスが発着しているようだった。またもや落胆して、今度はジンバブエ観光局を訪れてみることに。歩き方とロンプラの情報を総合して、ほぼ市内を横断する。それらしい建物の近くに行ったが、まるでそのようなオフィスも看板も無い。駐車場の警備員に尋ねてみると、どうやら移転したらしいとのこと。場所を教えて貰い、もう一度市内中心へと戻る羽目に。今日は重い荷物でひたすら歩いている…。複数人の旅行だったら今頃険悪な雰囲気になっていただろう。

ジンバブエ観光局は人はおらず、ネクタイをかっちりとしめた係の人が応対してくれた。ブラワヨ行きはムバレムシカターミナルから朝0530発があるとのこと。これは辛そうだ…。この情報はかなり確かなモノであるが、そうすると1日無駄にすることになるため、なんとか今日中にブラワヨへ行きたい。もう一度読み直したロンプラ情報をもとに、市内のバスターミナルへと再び向かう。すると、バスターミナルの1階だけではなく、2階にもカウンターがあることが分かった。とあるカウンターで尋ねてみると、どうやらシェラトンホテルの近くから出ていることが判明。もう一度市内を横断して、シェラトンホテルへと向かう。足の裏には水ぶくれができかけている…。

○移動手段発見

シェラトンホテルを思われる建物は、かなり離れたところからも確認できたので、迷うことなく到着。しかし、近くに行くとシェラトンのエンブレムは外されており、別の5つ星ホテルに変わっていた。入り口の守衛さんに聞いてみると、あの辺と指を指して教えてくれた。

指さして教えてくれた先には、露天がいくつか並んでいて、荷物を持った人が何人か待っている。どうやらこの辺らしいと思い、近くの子連れのおじさんに聞いてみると、この辺りから出ているから待っていればいいと言われる。

すると想像していた大型バスではなく、フォードのバンが来た。若い兄ちゃんが、「ブラワヨ!ブラワヨ!」と大声で叫んでいる。さっきのおじさんを振り返ると、笑顔で手を振ってくれている。どうやらこれでブラワヨまで行けるらしい。バスというより乗り合いタクシーだ。荷物を抱え、詰めて座る。既にたくさんの乗客が居たが、詰めて座るとすぐに出発。バンの通路にも板を渡して出来るだけ多くの人を詰め込んだ。

途中でさらに数人を拾って、何人乗ったか数えてみると、24人も乗っている!!

ホントに大丈夫なのか非常に心配だったが、なかなか快調に飛ばしていく。道路も普通に舗装されており、バンは飛ばしていくが、ブラワヨまでの6時間本当に持つのかいささか心配になる。ハラレを出発したのは11時少し前。順調に到着したとして、17時着。ジンバブエ国鉄のホームページでは、夜行列車の発車時刻は19時とのことだったので、なんとか余裕はありそうだ。。微妙に体勢を入れ替えつつ、忍耐の数時間が経過する。ブラワヨで1泊は避けたいが、あとはなるようにしかならないと半ば観念する。

出発して3時間過ぎた頃、道端のドライブインに入って休憩タイムとなった。「いいよ休憩なんてしなくても」と内心思ったが、横のでかいおばちゃんが動かないので何もせずにずっと待つ。しばらくして出発。

快調に飛ばして行くも、突然車がノックしてそのまま路肩に停止!!

恐れていたことが…。携帯電話で通話を試みるも、どうやら携帯も通じないトコロらしい。乗っていた人の半分くらいが空かさずヒッチハイクを始める。交渉してOKな人達はそのまま乗って行ってしまったが残される人達も居る。ドライバーは残り、車掌役の兄ちゃんはヒッチハイクで先へ行ってしまった。どうなるのかなーと半ば絶望的に車に座っている。時間だけが過ぎていき、今日の列車に乗るのは厳しいかなー。しかも、夜に到着はまずいなーと思いながら待つ。止まってから1時間くらい経過すると、後続の1台が止まり、ガソリン缶を置いていってくれる。エンジンをかけたまま給油し、なんとかエンジン始動!単なるガス欠でよかった〜。

走り出した車は、途中でさっきの車掌役の兄ちゃんが折り返しで乗ってきた車とすれ違った。兄ちゃんはガソリン缶を片手に持っていた。これで多分大丈夫だろう。

その後、でっかいバスターミナルに到着。別のバンに乗り換えるように指示される。そのバンはバスターミナルを半周ほどしたところで停止。近くの大型バスに乗り換えるように指示される。大型バスは補助席もつかってほぼ満席。自分以外は全員黒人であった。出発前に飲み物を売りに来たのでとりあえずコーラを買う。一応、栓が開いていないことを確認して買ったのに、非常にぬるく炭酸がごく微量な感じがしたため、少ししか飲めず。喉が渇いたよ〜。

バスはブラワヨに向けて突き進んでいくが、日がかなり傾いてきた。列車に間に合うのか相当不安になってくる。だからといって何も出来るわけではなく、じっとバスの進む方向を見つめるしかなかった。

遠くにブラワヨの明かりが見えだした頃、ジンバブエ軍の兵士と思われる数人を、ガソリンスタンド脇のバス停に下ろした。ブラワヨは地球の歩き方に地図がないのでロンプラと窓の外を交互に見ながら真剣になる。駅に最も近い場所で降りる必要があるのだ。すると、なんとか地図との整合が取れ、駅まで歩けそうな範囲でバスも止まったのでそこで下車。辺りはほぼ暗くなってきている。既に18時を回っており、列車の出発までは時間がない。バックパックを担いで走ったり歩いたりを繰り返す。途中で女子中学生の2人組がいたので、念のため道を聞く。地図との整合は依然として取れているので、間違ってはいないはずだ。朝のハラレでのウロウロと、長時間のバス移動で身体はもうクタクタであったが、それでも危険を避けるため、兎に角歩いてはだめだ。3rd Aveから13th Aveまで移動し、暗っぽい商人宿が建ち並ぶ一角に出た。「最悪今晩はここで1泊か…」と思う。駅が近いことは分かるのだが、肝心の駅舎が見あたらなくて焦る。何度か道行く人に聞き、なんとか駅に到着。

○夜行列車に揺られて

先ずは営業中のBARにてペットの水を2本購入。1本はあっという間に飲み干した。もう一本は、今夜のためにとっておかなくてはいけない。がぶ飲みしたいのを我慢して、颯爽と窓口へ。しかし、なんと今晩のsleeper classはSold Out!一気に落胆する。。でも、列車に間に合った今、乗らないわけには行かない。economyでいいから、と言うと、economyは売り場が別だという。

一旦窓口を離れ、駅舎沿いに暗い闇の中を進むと、人が並んでいる一角があった。economyクラスの窓口である。鉄格子で頑丈に覆ってあり、一気に格差社会を見せつけられた感じだ。19時まであと15分。この行列ではもしかしたら間に合わないかも…と不安が一層強くなる。それにしては、回りの人々は案外落ち着いているので、なんとかなるのかと思いつつ、列が進むのを待つ。自分の隣に並んだのは、小さな子供を背負った若い奥さまだった。自分より明らかに若い。子供は2歳8ヶ月だという。

ようやく順番が回ってきた。ビクトリアフォールスまでは、2200ZWDである。日本円で1100円くらいか。激安。乗り心地は絶対に期待できないだろうが、治安が非常に心配だ。

買い終わったら、改札はさっきのsleepers classの脇である。かなり往復させられた。先ほどの子連れの女性も息を切らせている。まったくひどいもんだ。

もう19時数分前だったので、急ぐが、ここで改札の黒板をみて気づいた。発車は1900ではなく2000だ。ふっと安心する。列車は4番線。改札が1番線の中央付近にあり、頭端式ホームだったため、これまたものすごく歩かされる。まったくひどいもんだ。

economyは座席指定ではないが、車両が指定される。レシートのようなキップに書かれた車両は4125号車。乗車するともうかなり一杯。その中でなんとか席をつめてもらい、座席を確保。バックパックは抱いていく形になった。車両の電気は消えたままで、出発10分前になるとようやく明かりが灯った。それでも十分くらい。2000定刻に列車は動き出した。この中で一晩過ごすのは非常に辛そうだったが、車内はものすごく賑やか。早く寝かせて欲しいものだ。

車内では、いろいろな物売りが乗車していた。売っていたモノ。

・パン
・ジュース
・トマト
・玉ねぎ
・キャベツ
・パン その2

そもそも、玉ねぎとか売れるのか?

月明かりが照らす中、途中駅に停車した。窓の外には売り子がいて、なにやら売っている。ここで客が買っていたのは、葉っぱ付きの生ニンジンである。3本で300ZWDらしい。葉をもいで、葉は窓の外に捨て、みんなボリボリ食べはじめた。あっけにとられる。そのうち、列車が動き出すと窓の外からおばちゃんと思われる人の叫び声が聞こえた。停車中に列車をおりたが、列車が動き出してしまったらしい。そんなおばちゃんの叫び声を残して、無情にも列車は加速した。

夜も遅くなり、回りの人も寝始めた。しかし、前の席の男3人組がベラベラと話しまくっていて本当にキツかった。そのうち、2人がねると、今度は横の女と男がヒソヒソと会話を始めてそれがまた耳について辛い。

回りの人は、布団を持参して乗っている。自分もパーカーを取り出して着るが、相当寒かった。

真夜中、ワンゲの駅で相当の人が下車し、ゆったりと座れるようになった。そこで、窓際に寄ったらもっと寒かった。

 

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