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ソウル2日目 2008/01/26

○屋台経由でツアーへ

予定通り6:00に起床。今日はDMZツアーである。道の向かいのロッテホテルから出発らしい。朝食はとりあえず屋台へ食べることにした。寒い朝のソウルでおでんを食らう。おでんといえども辛みが効いていてよく暖まる。carisが食べていたチジミも旨かった。ミネラルウォーターを購入してツアーに備える。

ロッテホテルの6階で受け付けをし、2階のツアーラウンジで待つ。ツアーラウンジは、チャングムツアーに行く日本人のおばちゃん達で賑わっている。

我々も時間になったのでバスに乗る。バスは前半分英語ツアーで後半分が日本語ツアー。行程は同じのようだ。午前中は、第三トンネル、都羅展望台、都羅山駅を見学し、昼食の後、板門店の見学というコース。車内は英語のガイドと日本語のガイドの2人が乗り、交互に説明を進めていった。まずは「自由の道」という道沿いにバスは北上。途中で休憩を挟みつつ、臨津閣を訪問である。ここにあるイムジン川が一般人統制線となっており、ここから北へ進むには何らかの許可が必要となるとのこと。

ツアーのバス。派手。

ここには、休戦協定締結後北から解放された捕虜が渡った橋が架けられている。「自由の橋」と名付けられている木製の橋だ。川には新しく架けられた鉄橋と、朝鮮戦争当時に破壊された橋の橋脚が並んでいる。ガイドからは、近くの韓国軍監視所にカメラを向けないようにと注意がある。なかなか緊張感が高まるのだ。

京義線。

○第三トンネル

かなりタイトなスケジュールのため、15分しか自由時間がないが、それなりにウロウロしてバスに戻る。この後は、民間人統制線を越えて第三トンネルへ向かう。第三トンネルは、朝鮮戦争の休戦後北朝鮮が極秘に南への侵攻の準備として掘ったトンネルで、現在4本が見つかっているうちの一つ。北朝鮮と韓国は軍事境界線で隔てられており、境界線から南北2kmがそれぞれ北方限界線、南方限界線として区切られ、その間がDMZ非武装地帯となっている。第三トンネルは南方限界線から約400m地点で発見され、現在は中を見学出来るようになっている。

民間人統制線を超える場所に韓国軍の検問所があり、パスポートの検査を受ける。韓国軍兵士が乗車してくるため車内に緊張が走る。機雷が敷設されているというイムジン川にかかる橋は4車線であるが、橋上に障害物が置かれ、バスは蛇行しながら走る。これで民間人統制区域へと入った。

交通量もほとんど無く、ツアーバスと時折すれ違う程度。但し、北朝鮮の開城工業団地へ向かう道が開通しているため、片側2車線の快適な道が続いている。バスは、韓国税関のゲートの手前を曲がり、第三トンネルへ向かう。第三トンネルではまず南北分断のVTRを見て、ヘルメットを装着。トロッコみたいなのに乗車し地下73mのトンネルへと向かう。トロッコの通っているトンネルは、まさに韓国側がトンネル調査のために掘った斜坑とのこと。トロッコが降りていく斜度は結構あり、おまけにトンネルの断面積が小さいために肩が壁に触れる。時折頭も接触するため、ヘルメットの効果も絶大だ。

案外長いトロッコ乗車が終わると、ジメっとした雰囲気となる。湿度も温度も案外高い。天井高もそれほど高くなく、圧迫感があるといえばある。やや身体を屈めて歩く必要もある。石炭の採掘坑としてフェイクさせるため壁が黒く塗られている箇所もあり、またダイナマイトを埋めた穴もある。案内によると、北朝鮮側に3パーミルの角度で下がっており、北朝鮮側から掘られたことの裏付けにもなっているとのこと。トンネルの北朝鮮側は2つのコンクリート壁で区切られており、今日の北朝鮮の進入を防いでいる。ちなみにトンネル内部は撮影禁止。

第三トンネルトロッコ乗り場。

トンネル見学が終了し、地上の展示館で、DMZ関連の展示をいろいろと見る。かなり興味深い展示が多かった。ここである程度板門店の説明や、ポプラの木事件の説明を受ける。

○都羅展望台

再びバスに乗って出発。急な坂道を上って展望台へ進む。南方限界線のすぐ脇であるため、道を外れるとすぐに地雷原となっており、立ち入り禁止を示すロープが張られていた。

展望台には広い駐車場がありバスが何台も止まっていた。アメリカ陸軍のバスなども止まっている。バスを降りると展望台の中に入り、見える風景について説明を受ける。南方限界線のすぐ脇に当たるため、基本的に撮影は禁止されている。見えるものとしては、かつては誰も住んでいなかった宣伝村(いまでは、開城工業団地が出来たため人が住むようになったらしい)、世界最大の国旗掲揚台、開城工業団地などなどである。

目前に北朝鮮があるといってもなかなか実感は沸かないが、それでも北朝鮮である。写真を撮りまくっていると、すぐに出発時刻となる。このツアーの板門店入場時刻が厳密に決まっているおかげでガイドからはかなり急かされる。

向こうに見えるは北朝鮮。

展望台は軍隊チックな建物(管理は韓国軍らしい)。

来た道を降りて次の見学地へと向かう。

○都羅山駅

次は、京義線の都羅山駅である。数年前にアメリカのブッシュ大統領が来て有名になったらしい。ほぼ空港みたいな雰囲気になっており、改札前は韓国軍によって警備されている。日に数本はソウルからの列車が発着し、北朝鮮側へ行く貨物列車も1日1往復が設定されているとのことだった。

都羅山駅。

ブッシュアメリカ大統領が訪問したときのサイン。

改札は韓国兵が警備。空港みたいな雰囲気。

とりあえず一通り写真を撮って都羅山駅終了。

○プルコギ

次はお待ちかね昼食。ガイド曰く「地元の人が利用する食堂でかなり旨い」とのこと。どうせツアーだからそれなりの食堂なんでしょ?と思いながらバスに乗る。一旦民間人統制線を南下して食堂へ。英語のガイドは「靴を脱いで床に座って食べていただきます。韓国文化の経験が味わえます」みたいなことを言っている。

すると本当に道ばたにある普通の食堂へバスは入っていった。観光バスが全く似合わない雰囲気である。適当に着席すると既に大方プルコギはできていた。板門店ツアーにあたり、酒は完全に禁止されているため、コーラでプルコギを食らう。食べている間も一般客が入ってきている。壁のメニューはハングルばっかりで読めない。

プルコギ。これが旨かった。

このプルコギも激ウマで、サンチュに巻いて食べるとさらに激ウマ。キムチもナムルも激ウマだ。ここでしばらくまったりして、迎えに来る別のバスで板門店へと向かう。

○板門店/JSA

いよいよ、このツアーのクライマックス板門店である。迎えに来た別のバスに乗る。

板門店は朝鮮戦争の休戦会談が行われた場所である。当初は北朝鮮軍と国連軍が共同で警備を行っていたが、ポプラの木事件以降、境界線が引かれ国連軍と北朝鮮軍が非常jに至近距離で警備を行っているところだ。ガイド曰く「世界で2番目に危険な場所」(ちなみに1番目はイラク)。この言葉を聞いてcarisは私に対して「だまされた感がある」と云う。このあたりの説明から車内の緊張感が相当高まっていくのを感じた。

再び、民間人統制区域へと入り、バスは北へと向かっていく。また民間人統制区域の中にも村があり、主に農業で生計を立てていて、兵役は免除みたいな話を聞きながらバスは進む。しばらく進むとバスはゲートの前で停止し、国連軍に属する韓国兵が乗り込んできて服装とパスポートチェック。このまま韓国兵はバスに乗って我々を警備するとともに、変な行動(禁止区域での写真撮影等々)をしないように監視するのだ。まずは、見学前のブリーフィングを受けるために、キャンプボニバスへと入る。ブリーフィングの前に紙が配られ、サインが求められる。ガイド曰く、

「内容を読まずにサインしてください」

紙に書かれた内容は、もし何かあっても、誰も責任をとりませんということが書いてあり内容は結構重要である。ここでサインをためらうと板門店へ連れて行ってもらえないのでおとなしくサインをする。

その後、スライドにそって板門店のブリーフィングがある。当初は、国連軍の誰かが出てきて見学上の注意事項を述べるのかと思いきや、英語のガイドと日本語のガイドが交互に説明をしていった。一通り説明が終了すると、バスが来るまでしばらく時間が掛かるとのことだったので室内で待たされる。壁にはいろいろな板門店にまつわる写真が飾られていてそれほど退屈はしなかった。バスが来る段になると外に案内され、かつて朝鮮戦争へ国連軍として参加した各国の国旗の前で写真を撮ることが許される。

国連軍参加国の国旗。

するとすぐに国連軍のバスがきて順次乗り込む。キャンプボニバスを出て、DMZへ入る。入るところの道路にはコンクリートの壁があり、北朝鮮が侵略してきた場合にはダイナマイトで破壊し、進入を阻止するような作りになっている。このような施設はここだけではなく、DMZ近くのいろいろな場所で見ることができる。そのうち突然建物が現れ、下車するように指示を受ける。

ここからはカメラを片手に持ち、2列になって進んで行かなくてはいけない。立派な建物の中に入り階段を上っていくと、写真でよく見慣れた板門店の景色が広がり、あまり頭の整理がつかないままに、軍事境界線上の会議場へと連れて行かれる。ここでの滞在時間は非常に限られていた。中では微動だにしない国連軍兵士が2人、境界線上と、北朝鮮側の扉の前で警備しており、絶対に兵士の背後と目前を横切ってはいけないと注意を受ける。非常に緊迫もしているが、狭い室内で写真を撮ったりする。

すると時間になったということで、次は自由の家へ。少し高い展望台のような場所で、ここから自由に写真を撮ることが出来る。北朝鮮側には誰も兵士がいないように見えるが、板門閣の前に一人、北朝鮮の見張り塔の中に窓を開けてこちらを監視している兵士が見えた。その後時間になったのでまた2列でバスへ戻る。観光とはいえなかなか緊迫した見学であった。

コンクリが境界。左が北朝鮮右が韓国。

会議テーブル。中心から左が韓国右が北朝鮮。

北朝鮮側見張り台。1階の窓からこちらを監視している。

板門閣。北朝鮮側の建物。

バスは会議場の前の道を通り、警備塔の脇の高台にある展望台のようなところで見学である。目前に軍事境界線があり、白い杭で区切られている。遠く北朝鮮の国旗掲揚台、旧板門店、さらに帰らざる橋を眺めることが出来る。背後の国連軍監視所の写真を撮らなければあとは写真取り放題。

警備中の国連軍兵士。

杭の向こう側が北朝鮮。

帰らざる橋。

世界一の国旗掲揚台。

その後、再びバスに乗り、ポプラの木事件の舞台となったポプラの木の切り株と帰らざる橋をバスの中から見学。帰らざる橋は本当に小さな橋であったが、非常に重要な意味をもつ橋である。橋自体は残ってはいるものの、板門店が分割警備になってからは使われておらず、北朝鮮側は藪の中といった感じだった。

ポプラの木事件跡。

一通りの見学も終了し、バスの中の緊迫した雰囲気がほぐれてきた。再びキャンプボニバスへと戻り、おみやげ物屋の前でバスが停車。ツアーの最後はJSAグッズの買い物である。ここでは、北朝鮮製の酒なども販売されていたが、荷物を多くするのは本意ではないので、何も買わない。ここで軍の監視が終了し、元のバスに乗ってソウルへ帰るのみである。帰りのバスはほとんど眠って帰る。起きたら既にソウル市内であった。

○Nソウルタワー

ロッテホテルのまえでバスを降りる。Nソウルタワーへと向かうため地下鉄で明洞駅まで。駅からロープウェー乗り場へは寒い中しばらく歩いた。そしてロープウェー乗り場へ到着するとものすごい行列ができている。。。さすが週末の夜だけあって、夜景を楽しもうとするソウル市民だの日本人だの外国人だのがたくさん列を作っていた。せっかく長い道のりを歩いてきたので仕方なく行列の最後尾へつく。

ソウルタワーへと向かう。

それでもボチボチと列はすすみ、そのうちようやくゴンドラにのる番が来た。最後に乗ったので扉の前。これが結構高所恐怖症にはキツい。ワイヤーが切れないことを祈りつつ頂上の駅へと向かう。ロープウェーの形態はポピュラーな複線交差式であった。

頂上からはソウルの夜景が見渡せる。なかなか綺麗だがとにかく寒い。チケットを買ってタワーに上ることにする。エレベータで上部へ。タワー上部は3階建てとなっており、世界主要都市への距離と方角がガラス(アクリル?)に貼られている。カメラを夜景モードにして撮影するも、ガラスの外面が汚れていてあまりうまく写らなかった。まぁそんなもんだ。一通り見て、エレベータで下りる。帰りのロープウェーは心なしか速く感じられた。あくまで感じられただけ。

ソウルの夜景。

○参鶏湯とチジミ

夕食は参鶏湯にする。明洞の有名店で注文。はじめに運ばれてきたカクテキが旨かった。参鶏湯もかなり暖まる感じで、骨が多く食べにくかったが旨かった。酒が無かったので、別の店で2次会。既におなかがいっぱいの我々は、チジミ盛り合わせとイカの炒め物(?)を注文し、まずはビールで乾杯。旨かったのだがいかんせんおなかがいっぱいなのである。イカはものすごく辛くてかなりきつかった。それでもビールと焼酎でほろ酔い気分となり、ホテルへと戻る。

賑わう明洞。センター街みたい。

参鶏湯。

栄養センター。有名なお店。

2次会のチジミ。

ホテルでは昨日に引き続いて風呂に入ろうとしたものの、満員とのことで部屋で待機。そのうち寝てしまって起きたら0時過ぎという始末。めんどくさいのでそのまま眠る。

 

翌日へ

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